2. 恋する心の機微を表す言葉 ―切なさ・ときめき・嫉妬までを語る感情語
恋に落ちたときの「ときめき」、会えない夜の「せつなさ」、思うようにならない「もどかしさ」や「嫉妬」など、恋の感情は複雑で揺れ動きます。古文では、そうした心情を「いとおし」「あはれ」「もの思ふ」など、情緒豊かな語で表現してきました。
- もの思ふ(ものおもふ)
恋の悩みや不安、切なさに心を煩わせること。恋愛における代表的な心情語。
例:「もの思ふ人の涙はとめがたし」 - あはれ
恋しさ、感動、悲しみなど複雑な感情を一言で表す古語。恋に限らず使われるが、恋情との結びつきが強い。
例:「あはれなる人の姿かな」 - かなし
悲しみではなく、「いとしい・愛おしい」という意味で使われる古語。
例:「君かなしと思ふ夜な夜な」 - せつなし(切なし)
恋心が報われず、苦しく、やるせないさま。特に片思いや遠距離の恋に関連する語。
例:「せつなき思ひぞ胸を焦がす」 - 恋し(こひし)
会いたい気持ちや、離れている人を想う切なさを表す語。
例:「恋しき人の音を夢に聞く」 - まどふ(惑ふ)
恋の迷いに心が混乱するさま。理性を失い、途方に暮れる状態。
例:「恋にまどふ心の行方」 - 焦がる(こがる)
恋い慕って胸が焼けつくような思いに駆られること。情熱的な恋心の表現。
例:「火よりも恋に焦がるる」 - 慕ふ(したふ)
心から相手を恋い慕うこと。忠実で一途な想いに近い。
例:「慕ひし人の影を追ひて」 - 嫉(ねた)し
相手が他の人に心を寄せていることに対する嫉妬心。
例:「ねたしと思ふ夜の独り寝」 - 恥ぢらふ(はぢらふ)
恋心を抱く相手に対して恥じらいを見せる様子。奥ゆかしさを感じさせる語。
例:「恥ぢらひて顔を伏せし姫」 - 悩まし(なやまし)
恋心が募って心が苦しむさま。身体的・精神的苦悩を含意。
例:「なやましき夢に君あり」 - 憂し(うし)
恋が思うように進まないことへの嘆きやつらさ。
例:「憂しと見し世を恋ひんとは」 - 恨む(うらむ)
恋人に対して怒りや不満を感じる心。「うらみわび」など、恋歌でも頻出。
例:「うらみつつ人を見しかな」 - 頼もし(たのもし)
相手への信頼や、愛されている実感がもたらす安心感。
例:「たのもしき君の文ありて」 - うしろめたし
恋心に対する後ろめたさや、罪の意識。不倫や密通に伴う感情表現。
例:「うしろめたき恋の行方」 - 心づくし(こころづくし)
気を揉み、あれこれと思い悩む心の働き。恋に限らず用いられるが、恋歌に多く登場。
例:「秋の夜の心づくしの恋しさよ」 - あさまし
驚きや呆れ、時に落胆を含んだ感情。恋人の裏切りなどに対して使われることも。
例:「あさましきことを聞きて」 - はかなし
恋の脆さや、儚い期待・関係を表す語。古今和歌集などでも多用される。
例:「はかなき契りに涙落つ」 - すずろ(漫ろ)
理由もなく心がざわつく様子。恋の始まりに多い感覚。
例:「すずろなる思ひいでにけり」 - うつつなし(現なし)
現実感がなく、夢中で恋に溺れている状態。
例:「うつつなき恋に目を覚まさず」 - さびし
恋人に会えない寂しさ、孤独感を表す語。
例:「さびしき夜の文を待つ」 - うらがなし(心悲し)
心の奥底から悲しみがにじむ様子。単なる「かなしい」より深い感情。
例:「うらがなしと思ふ秋の夜」 - つれなし
相手の素っ気ない態度、冷淡な様子を表す。
例:「つれなき風のたよりにも」 - よそへ(余所へ)
相手の関心が他へ向いてしまうこと。恋の疎外感。
例:「よそへにされたる心地して」 - よもすがら
一晩中、思い悩んで眠れない状態。
例:「よもすがら恋にまどひぬ」 - ふびんなり(不憫なり)
相手に対して憐れみや同情を感じる心情。恋の道においても使われる。
例:「ふびんに思ひ給ふる」 - ながむ(眺む)
物思いにふける、遠くを見るふりをして心は恋人を思っている。
例:「ながむる先に涙こぼるる」 - みそかに
人に知られぬよう密かに思うさま。「忍ぶ恋」に通じる感情表現。
例:「みそかに恋ふる人の名」 - 心苦し
相手のことを思いやって、自分が苦しむ心情。思慮深い愛情表現。
例:「心苦しき言の葉を添へて」 - あながち
強引で一途すぎる恋の様子。現代の「しつこい」に近いが、肯定的にも使われる。
例:「あながちに思ひ定めて」 - めづ(愛づ)
愛しむ、愛おしむという意味。「めでたし」の語源。
例:「この花をめでし人の面影」 - 心ばへ
相手の心のあり方、思いやり。恋においては相手の誠実さを指すことが多い。
例:「心ばへの見ゆる言の葉」 - おぼつかなし
はっきりせず不安な気持ち。恋人の安否や心変わりに対する不安。
例:「おぼつかなしと待つ便り」 -
思ひ乱る(おもひみだる)
恋心で心が乱れ落ち着かないこと。
例:「思ひ乱るる胸の内かな」 -
思ひ惑ふ(おもひまどふ)
恋に迷い、どうすればよいかわからない心境。
例:「君を思ひ惑ひて眠られず」 -
思ひ余る(おもひあまる)
想いが抑えきれずに溢れ出すこと。
例:「思ひ余りて筆をとりぬ」 -
あだし心(あだしごころ)
浮気心・不誠実な恋心。
例:「あだし心を恨みけり」 -
まめやか(忠やか)
誠実で一途な心。恋においても「まめなる契り」として用いられる。
例:「まめやかに契りしことを」
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