スポンサーリンク

『枕草子』原文 – 全323段と奥書(Part 2/2)

『枕草子』原文 - 全323段と奥書(Part 2/2) 未分類
スポンサーリンク

 

『枕草子』原文 – 全323段と奥書 Part 1  の 続きから

 

 

(一二三段)

あはれなるもの  孝ある人の子。鹿の音。よき男のわかきが御嶽精進したる。へだて居てうちおこなひたる曉のぬかなど、いみじうあはれなり。むつましき人などの目さまして聞くらん思ひやり、まうづる程のありさま、いかならんとつつしみたるに、平にまうでつきたるこそいとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ少し人わろき。なほいみじき人と聞ゆれど、こよなくやつれてまうづとこそは知りたるに、

右衞門佐信賢は「あぢきなきことなり。ただ清き衣を著てまうでんに、なでふ事かあらん、必よもあしくてよと、御嶽のたまはじ」とて、三月晦日に、紫のいと濃き指貫、しろき、青山吹のいみじくおどろおどろしきなどにて、隆光が主殿亮なるは、青色の紅の衣、摺りもどろかしたる水干袴にて、うちつづき詣でたりけるに、歸る人もまうづる人も、珍しく怪しき事に、「すべてこの山道に、かかる姿の人見えざりつ」とあさましがりしを、四月晦日に歸りて、六月十餘日の程に、筑前の守うせにしかはりになりにしこそ、實にいひけんに違はずもと聞えしか。これはあはれなる事にはあらねども、御嶽のついでなり。

九月三十日、十月一日の程に、唯あるかなきかに聞きつけたる蟋蟀の聲。鷄の子いだきて伏したる。秋深き庭の淺茅に、露のいろいろ玉のやうにて光りたる。川竹の風に吹かれたる夕ぐれ。曉に目覺したる夜なども。すべて思ひかはしたる若き人の中に、せくかたありて心にしも任せぬ。山里の雪。男も女も清げなるが黒き衣著たる。二十日六七日ばかりの曉に、物語して居明して見れば、あるかなきかに心細げなる月の、山の端近く見えたるこそいとあはれなれ。秋の野。年うち過したる僧たちの行したる。荒れたる家に葎はひかかり、蓬など高く生ひたる庭に、月の隈なく明き。いと荒うはあらぬ風の吹きたる。

(一二四段)

正月に寺に籠りたるはいみじく寒く、雪がちにこほりたるこそをかしけれ。雨などの降りぬべき景色なるはいとわろし。

初瀬などに詣でて、局などするほどは、榑階のもとに車引きよせて立てるに、帶ばかりしたる若き法師ばらの、屐といふものをはきて、聊つつみもなく下り上るとて、何ともなき經のはしうち讀み、倶舎の頌を少しいひつづけありくこそ、所につけてをかしけれ。わが上るはいとあやふく、傍によりて高欄おさへてゆくものを、ただ板敷などのやうに思ひたるもをかし。「局したり」などいひて、沓ども持てきておろす。衣かへさまに引きかへしなどしたるもあり。裳唐衣などこはごはしくさうぞきたるもあり。深沓半靴などはきて、廊のほどなど沓すり入るは、内裏わたりめきて又をかし。

内外など許されたる若き男ども、家の子など、又立ちつづきて、「そこもとはおちたる所に侍るめり。あがりたる」など教へゆく。何者にかあらん。いと近くさし歩み、さいだつものなどを、「しばし、人のおはしますに、かくはまじらぬわざなり」などいふを、實にとて少し立ち後るるもあり。又聞きも入れず、われまづ疾く佛の御前にとゆくもあり。局にゆくほども、人の居竝みたる前を通り行けば、いとうたてあるに、犬ふせぎの中を見入れたる心地、いみじく尊く、などて月頃もまうでず過しつらんとて、まづ心もおこさる。

御燈常燈にはあらで、うちに又人の奉りたる、おそろしきまで燃えたるに、佛のきらきらと見え給へる、いみじくたふとげに、手ごとに文を捧げて、禮盤に向ひてろぎ誓ふも、さばかりゆすりみちて、これはと取り放ちて聞きわくべくもあらぬに、せめてしぼり出したるこゑごゑの、さすがに又紛れず。「千燈の御志は、なにがしの御ため」と僅に聞ゆ。帶うちかけて拜み奉るに、「ここにかうさぶらふ」といひて、樒の枝を折りて持てきたるなどの尊きなども猶をかし。犬ふせぎのかたより法師よりきて、「いとよく申し侍りぬ。幾日ばかり籠らせ給ふべき」など問ふ。「しかじかの人こもらせ給へり」などいひ聞かせていぬるすなはち、火桶菓子など持てきつつ貸す。半挿に手水など入れて、盥の手もなきなどあり。「御供の人はかの坊に」などいひて呼びもて行けば、かはりがはりぞ行く。誦經の鐘の音、わがななりと聞けば、たのもしく聞ゆ。

傍によろしき男の、いと忍びやかに額などつく。立居のほども心あらんと聞えたるが、いたく思ひ入りたる氣色にて、いも寢ず行ふこそいとあはれなれ。うちやすむ程は、經高くは聞えぬほどに讀みたるも尊げなり。高くうち出させまほしきに、まして鼻などを、けざやかに聞きにくくはあらで、少し忍びてかみたるは、何事を思ふらん、かれをかなへばやとこそ覺ゆれ。

日ごろこもりたるに、晝は少しのどかにぞ、早うはありし。法師の坊に、男ども童などゆきてつれづれなるに、ただ傍に貝をいと高く、俄に吹き出したるこそおどろかるれ。清げなるたて文など持せたる男の、誦經の物うち置きて、堂童子など呼ぶ聲は、山響きあひてきらきらしう聞ゆ。鐘の聲ひびきまさりて、いづこならんと聞く程に、やんごとなき所の名うちいひて、「御産たひらかに」など教化などしたる、すずろにいかならんと覺束なく念ぜらるる。これはただなる折の事なめり。正月などには、唯いと物さわがしく、物のぞみなどする人の隙なく詣づる見るほどに、行もしやられず。

日のうち暮るるにまうづるは、籠る人なめり。小法師ばらの、もたぐべくもあらぬ屏風などの高き、いとよく進退し、疊などほうとたておくと見れば、ただ局に出でて、犬ふせぎに簾垂をさらさらとかくるさまなどぞいみじく、しつけたるは安げなり。そよそよとあまたおりて、大人だちたる人の、いやしからず、忍びやかなる御けはひにて、かへる人にやあらん、「そのうちあやふし。火の事制せよ」などいふもあり。

七つ八つばかりなる男子の、愛敬づきおごりたる聲にて、さぶらひ人呼びつけ、物などいひたるけはひもいとをかし。また三つばかりなるちごのねおびれて、うちしはぶきたるけはひもうつくし。乳母の名、母などうち出でたらんも、これならんといと知らまほし。

夜ひと夜、いみじうののしりおこなひあかす。寐も入らざりつるを、後夜などはてて、少しうちやすみ寐ぬる耳に、その寺の佛經を、いとあらあらしう、高くうち出でて讀みたるに、わざとたふとしともあらず。修行者だちたる法師のよむなめりと、ふとうち驚かれて、あはれに聞ゆ。

また夜などは、顏知らで、人々しき人の行ひたるが、青鈍の指貫のはたばりたる、白き衣どもあまた著て、子どもなめりと見ゆる若き男の、をかしううちさうぞきたる、童などして、さぶらひの者ども、あまたかしこまり圍遶したるもをかし。かりそめに屏風たてて、額などすこしつくめり。顏知らぬは誰ならんといとゆかし。知りたるは、さなめりと見るもをかし。若き人どもは、とかく局どもなどの邊にさまよひて、佛の御かたに目見やり奉らず、別當など呼びて、打ちささめき物語して出でぬる、えせものとは見えずかし。

二月晦日、三月朔日ごろ、花盛に籠りたるもをかし。清げなる男どもの、忍ぶと見ゆる二三人、櫻青柳などをかしうて、くくりあげたる指貫の裾も、あてやかに見なさるる、つきづきし男に、裝束をかしうしたる餌袋いだかせて、小舎人童ども、紅梅萌黄の狩衣に、いろいろのきぬ、摺りもどろかしたる袴など著せたり。花など折らせて、侍めきて、細やかなるものなど具して、金鼓うつこそをかしけれ。さぞかしと見ゆる人あれど、いかでかは知らん。打ち過ぎていぬるこそ、さすがにさうざうしけれ。「氣色を見せましものを」などいふもをかし。

かやうにて寺ごもり、すべて例ならぬ所に、つかふ人のかぎりしてあるは、かひなくこそ覺ゆれ。猶おなじほどにて、一つ心にをかしき事も、さまざまいひ合せつべき人、かならず一人二人、あまたも誘はまほし。そのある人の中にも、口をしからぬもあれども、目馴れたるなるべし。男などもさ思ふにこそあめれ。わざと尋ね呼びもてありくめるはいみじ。

(一二五段)

こころづきなきもの  祭、御禊など、すべて男の見る物見車に、ただ一人乘りて見る人こそあれ。いかなる人にかあらん。やんごとながらずとも、わかき男どもの物ゆかしと思ひたるなど、引きのせて見よかし。すきかげに唯一人かがよひて、心ひとつにまもり居たらんよ、いかばかり心せばく、けにくきならんとぞ覺ゆる。

(一二六段)

わびしげに見ゆるもの  六七月の午未の時ばかりに、穢げなる車にえせ牛かけて、ゆるがし行くもの。雨ふらぬ日はりむしろしたる車。降る日はりむしろせぬも。年老いたる乞兒。いと寒きをりも、暑きにも、下種女のなりあしきが子を負ひたる。ちひさき板屋の黒うきたなげなるが、雨にぬれたる。雨のいたく降る日、ちひさき馬に乘りて前駈したる人の、かうぶりもひしげ、袍も下襲もひとつになりたる、いかにわびしからんと見えたり。夏はされどよし。

(一二七段)

あつげなるもの  隨身の長の狩衣。衲の袈裟。出居の少將。いみじく肥えたる人の髮おほかる。琴の袋。六七月の修法の阿闍梨。日中の時など行ふ。又おなじころの銅の鍛冶。

(一二八段)

はづかしきもの  男の心のうち。いさとき夜居の僧。密盗人のさるべき隈に隱れ居て、いかに見るらんを、誰かはしらん、暗きまざれに、懷に物引き入るる人もあらんかし。それは同じ心にをかしとや思ふらん。

夜居の僧は、いとはづかしきものなり。若き人の集りては、人のうへをいひ笑ひ、謗り憎みもするを、つくづくと聞き集むる心のうちもはづかし。「あなうたて、かしがまし」など、御前近き人々の物けしきばみいふを聞き入れず、いひいひてのはては、うち解けてねぬる後もはづかし。

男はうたて思ふさまならず、もどかしう心づきなき事ありと見れど、さし向ひたる人をすかし、たのむるこそ恥しけれ。まして情あり、このましき人に知られたるなどは、愚なりと思ふべくももてなさずかし。心のうちにのみもあらず。又皆これが事はかれに語り、かれが事はこれに言ひきかすべかめるを、我が事をば知らで、かく語るをば、こよなきなめりと思ひやすらんと思ふこそ恥しけれ。いであはれ、又あはじと思ふ人に逢へば、心もなきものなめりと見えて、恥しくもあらぬものぞかし。いみじくあはれに、心苦しげに見すてがたき事などを、いささか何事とも思はぬも、いかなる心ぞとこそあさましけれ。さすがに人のうへをばもどき、物をいとよくいふよ。ことにたのもしき人もなき宮仕の人などをかたらひて、ただにもあらずなりたる有樣などをも、知らでやみぬるよ。

(一二九段)

むとくなるもの  潮干の潟なる大なる船。髮みじかき人の、かづらとりおろして髮けづるほど。大なる木の風に吹きたふされて、根をささげてよこたはれふせる。相撲のまけているうしろ手。えせものの從者かんがふる。翁の髻はなちたる。人の妻などの、すずろなる物怨じして隱れたるを、かならず尋ねさわがんものをと思ひたるに、さしも思ひたらず、ねたげにもてなしたるに、さてもえ旅だち居たらねば、心と出できたる。

狛犬しく舞ふものの、おもしろがりはやり出でて踊る足音。

(一三〇段)

修法は、佛眼眞言など讀みたてまつりたる、なまめかしうたふとし。

(一三一段)

はしたなきもの  他人を呼ぶに、我もとてさし出でたるもの。まして物とらするをりはいとど。おのづから人のうへなどうち言ひ謗りなどもしたるを、幼き人の聞き取りて、その人のあるまへにいひ出でたる。

あはれなる事など人のいひてうち泣くに、實にいとあはれとは聞きながら、涙のふつと出でこぬ、いとはしたなし。泣顏つくり、けしきことになせど、いとかひなし。めでたき事を聞くには、又すずろに唯いできにこそ出でくれ。

八幡の行幸のかへらせ給ふに、女院御棧敷のあなたに御輿を留めて、御消息申させ給ひしなど、いみじくめでたく、さばかりの御有樣にて、かしこまり申させ給ふが、世に知らずいみじきに、誠にこぼるれば、化粧したる顏も皆あらはれて、いかに見苦しかるらん。宣旨の御使にて、齋信の宰相中將の御棧敷に參り給ひしこそ、いとをかしう見えしか。ただ隨身四人、いみじうさうぞきたる、馬ぞひのほそうしたてたるばかりして、二條の大路、廣うきよらにめでたきに、馬をうちはやして急ぎ參りて、少し遠くよりおりて、そばの御簾の前に侍ひ給ひし、院の別當ぞ申し給ひし。御返し承りて、又はしらせ歸り參り給ひて、御輿のもとにて奏し給ひし程、いふも愚なりや。

さてうち渡らせ給ふを見奉らせ給ふらん女院の御心、思ひやりまゐらするは、飛び立ちぬべくこそ覺えしか。それには長泣をして笑はるるぞかし。よろしききはの人だに、なほこの世にはめでたきものを、かうだに思ひまゐらするもかしこしや。

(一三二段)

關白殿の黒戸より出でさせ給ふとて、女房の廊に隙なくさぶらふを、「あないみじの御許だちや翁をばいかにをこなりと笑ひ給ふらん」と分け出でさせ給へば、戸口に人々の、色々の袖口して御簾を引き上げたるに、權大納言殿、御沓取りてはかせ奉らせ給ふ。いとものものしうきよげに、よそほしげに、下襲の裾ながく、所狹くさぶらひ給ふ。まづあなめでた、大納言ばかりの人に沓をとらせ給ふよと見ゆ。

山井の大納言、そのつぎづぎさらぬ人々、くろきものをひきちらしたるやうに、藤壺のへいのもとより、登華殿の前まで居竝みたるに、いとほそやかにいみじうなまめかしうて、御太刀など引きつくろひやすらはせ給ふに、宮の大夫殿の、清涼殿の前にたたせ給へれば、それは居させ給ふまじきなめりと見る程に、少し歩み出でさせ給へば、ふと居させ給ひしこそ、猶いかばかりの昔の御行のほどならんと見奉りしこそいみじかりしか。

中納言の君の忌の日とて、くすしがり行ひ給ひしを、「たべ、その珠數しばし。行ひてめでたき身にならんとか」とて集りて笑へど、なほいとこそめでたけれ。御前に聞しめして、「佛になりたらんこそ、これよりは勝らめ」とて打ち笑ませ給へるに、又めでたくなりてぞ見まゐらする。

大夫殿の居させ給へるを、かへすがえす聞ゆれば、「例の思ふ人」と笑はせ給ふ。ましてこの後の御ありさま、見奉らせ給はましかば、理とおぼしめされなまし。

(一三三段)

九月ばかり、夜一夜降りあかしたる雨の、今朝はやみて、朝日の花やかにさしたるに、前栽の菊の露、こぼつばかりぬれかかりたるも、いとをかし。透垣、羅文、薄などの上にかいたる蜘蛛の巣の、こぼれ殘りて、所々に糸も絶えざまに雨のかかりたるが白き玉を貫きたるやうなるこそ、いみじうあはれにをかしけれ。

すこし日たけぬれば、萩などのいとおもげなりつるに、露の落つるに枝のうち動きて、人も手ふれぬに、ふと上樣へあがりたる、いみじういとをかしといひたること人の心地には、つゆをかしからじと思ふこそ又をかしけれ。

(一三四段)

七日の若菜を、人の六日にもてさわぎとりちらしなどするに、見も知らぬ草を、子供の持てきたるを、「何とか是をばいふ」といへど、頓にもいはず。「いざ」など此彼見合せて、「みみな草となんいふ」といふ者のあれば、「うべなりけり、聞かぬ顏なるは」など笑ふに又をかしげなる菊の生ひたるを持てきたれば、

つめどなほみみな草こそつれなけれあまたしあれば菊もまじれり

といはまほしけれど、聞き入るべくもあらず。

(一三五段)

二月官廳に、定考といふ事するは何事にあらん。釋奠もいかならん。孔子などは掛け奉りてする事なるべし。聰明とて、上にも宮にも、怪しき物など土器に盛りてまゐらする。

(一三六段)

「頭辨の御許より」とて、主殿司、繪などやうなる物を、白き色紙につつみて、梅の花のいみじく咲きたるにつけてもてきたり。繪にやあらんと急ぎ取り入れて見れば、餠餤といふものを、二つ竝べてつつみたるなり。添へたるたて文に、解文のやうに書きて

「進上餠餤一つつみ、例によりて進上如件、少納言殿に」

とて、月日かきて、「任那成行」とて、奧に、「この男はみづから參らんとするを、晝はかたちわろしとてまゐらぬなめり」と、いみじくをかしげに書き給ひたり。

御前に參りて御覽ぜさすれば、「めでたくもかかれたるかな。をかしうしたり」など譽めさせ給ひて、御文はとらせ給ひつ。「返事はいかがすべからん。この餠餤もてくるには、物などやとらすらん。知りたる人もがな」といふを聞しめして、「惟仲が聲しつる、呼びて問へ」との給はすれば、はしに出でて、「左大辨にもの聞えん」と、侍していはすれば、いとよくうるはしうてきたり。「あらず、私事なり。もしこの辨少納言などのもとに、かかる物もてきたる下部などには、することやある」と問へば、「さる事も侍らず、唯とどめてくひ侍る。何しに問はせ給ふ。もし上官のうちにて、えさせ給へるか」といへば、「いかがは」と答ふ。唯返しをいみじう赤き薄樣に、「みづから持てまうでこぬ下部は、いとれいたうなりとなん見ゆる」とて、めでたき紅梅につけて奉るを、すなはちおはしまして、「下部さぶらふ」との給へば、出でたるに、「さやうのものぞ、歌よみして遣せ給へると思ひつるに、美々しくもいひたりつるかな。女少しわれはと思ひたるは、歌よみがましくぞある。さらぬこそ語ひよけれ。まろなどにさる事いはん人は、かへりて無心ならんかし」との給ふ。「則光、成康など、笑ひて止みにし事を、殿の前に人々いと多かりけるに、語りまをしたまひければ、いとよく言ひたるとなんの給はせし」と人の語りし。:これこそ見苦しき我ぼめどもなりかし。

(一三七段)

「などてつかさえはじめたる六位笏に、職の御曹司のたつみの隅の築地の板をせしぞ、更に西東をもせよかし、又五位もせよかし」などいふことを言ひ出でて、「あぢきなき事どもを。衣などにすずろなる名どもをつけけん、いとあやし。衣の名に、ほそながをばさもいひつべし。なぞ汗衫は、しりながといへかし。男の童の著るやうに。なぞからぎぬは、みじかきぎぬとこそいはめ。されどそれは、唐土の人の著るものなれば。うへのきぬの袴、さいふべし。下襲もよし。また大口、長さよりは口ひろければ。袴いとあぢきなし。指貫もなぞ、あしぎぬ、もしはさやうのものは、足ぶくろなどもいへかし」など、萬の事をいひののしるを、「いであなかしがまし、今はいはじ、寐給ひね」といふ答に、「夜居の僧のいとわろからん、夜ひと夜こそ猶のたまはめ」と、にくしと思ひたる聲ざまにていひ出でたりしこそ、をかしかりしにそへて驚かれにしか。

(一三八段)

故殿の御ために、月ごとの十日、御經佛供養せさせ給ひしを、九月十日、職の御曹司にてせさせ給ふ。上達部、殿上人いとおほかり。清範講師にて、説く事どもいとかなしければ、殊に物のあはれふかかるまじき若き人も、皆泣くめり。

終てて酒のみ詩誦じなどするに、頭中將齊信の君、月と秋と期して身いづくにかといふ事をうち出し給へりしかば、いみじうめでたし。いかでかは思ひいで給ひけん。

おはします所に分け參るほどに、立ち出でさせ給ひて、「めでたしな。いみじうけうの事にいひたる事にこそあれ」とのたまはすれば、「それを啓しにとて、物も見さして參り侍りつるなり。猶いとめでたくこそ思ひはべれ」と聞えさすれば、「ましてさ覺ゆらん」と仰せらるる。

わざと呼びもいで、おのづからあふ所にては、「などかまろを、まほに近くは語ひ給はぬ。さすがににくしなど思ひたるさまにはあらずと知りたるを、いと怪しくなん。さばかり年ごろになりぬる得意の、疎くてやむはなし。殿上などに明暮なきをりもあらば、何事をかおもひでにせん」との給へば、「さらなり。かたかるべき事にもあらぬを、さもあらん後には、え譽め奉らざらんが口惜しきなり。うへの御前などにて、役とあつまりて譽め聞ゆるに、いかでか。ただおぼせかし。かたはらいたく、心の鬼いで來て、言ひにくく侍りなんものを」といへば、笑ひて、「などさる人しも、他目より外に、誉むるたぐひ多かり」との給ふ。「それがにくからずばこそあらめ。男も女も、けぢかき人をかたひき、思ふ人のいささかあしき事をいへば、腹だちなどするが、わびしう覺ゆるなり」といへば、「たのもしげなの事や」との給ふもをかし。

(一三九段)

頭辨の職にまゐり給ひて、物語などし給ふに、夜いと更けぬ。「明日御物忌なるにこもるべければ、丑になりなば惡しかりなん」とてまゐり給ひぬ。

つとめて、藏人所の紙屋紙ひきかさねて、「後のあしたは殘り多かる心地なんする。夜を通して昔物語も聞え明さんとせしを、鷄の聲に催されて」と、いといみじう清げに、裏表に事多く書き給へる、いとめでたし。御返に、「いと夜深く侍りける鷄のこゑは、孟嘗君のにや」ときこえたれば、たちかへり、「孟嘗君の鷄は、函谷關を開きて、三千の客僅にされりといふは、逢阪の關の事なり」とあれば、

夜をこめて鳥のそらねははかるとも世にあふ阪の關はゆるさじ

心かしこき關守侍るめりと聞ゆ。立ちかへり、

逢阪は人こえやすき關なればとりも鳴かねどあけてまつとか

とありし文どもを、はじめのは、僧都の君の額をさへつきて取り給ひてき。後々のは御前にて、

「さて逢阪の歌はよみへされて、返しもせずなりにたる、いとわろし」と笑はせ給ふ。「さてその文は、殿上人皆見てしは」との給へば、實に覺しけりとは、これにてこそ知りぬれ。「めでたき事など人のいひ傳へぬは、かひなき業ぞかし。また見苦しければ、御文はいみじく隱して、人につゆ見せ侍らぬ志のほどをくらぶるに、ひとしうこそは」といへば、「かう物思ひしりていふこそ、なほ人々には似ず思へど、思ひ隈なくあしうしたりなど、例の女のやうにいはんとこそ思ひつるに」とて、いみじう笑ひ給ふ。「こはなぞ、よろこびをこそ聞えめ」などいふ。「まろが文をかくし給ひける、又猶うれしきことなりいかに心憂くつらからまし。今よりもなほ頼み聞えん」などの給ひて、後に經房の中將「頭辨はいみじう譽め給ふとは知りたりや。一日の文のついでに、ありし事など語り給ふ。思ふ人々の譽めらるるは、いみじく嬉しく」など、まめやかにの給ふもをかし。「うれしきことも二つにてこそ。かの譽めたまふなるに、また思ふ人の中に侍りけるを」などいへば、「それはめづらしう、今の事のやうにもよろこび給ふかな」との給ふ。

(一四〇段)

五月ばかりに、月もなくいとくらき夜、「女房やさぶらひ給ふ」と、こゑごゑしていへば、「出でて見よ。例ならずいふは誰そ」と仰せらるれば、出でて、「こは誰そ。おどろおどろしうきはやかなるは」といふに、物もいはで、御簾をもたげて、そよろとさし入るるは、呉竹の枝なりけり。「おい、このきみにこそ」といひたるを聞きて、「いざや、これ殿上に行きて語らん」とて、中將、新中將、六位どもなどありけるはいぬ。

頭辨はとまり給ひて、「怪しくいぬるものどもかな。御前の竹ををりて歌よまんとしつるを、職にまゐりて、同じくば、女房など呼び出ててをと言ひてきつるを、呉竹の名をいと疾くいはれて、いぬるこそをかしけれ。誰が教をしりて、人のなべて知るべくもあらぬ事をばいふぞ」などのたまへば、「竹の名とも知らぬものを、なまねたしとや思しつらん」といへば、「實ぞえ知らじ」などの給ふ。

まめごとなど言ひ合せて居給へるに、この君と稱すといふ詩を誦して、又集り來れば、「殿上にていひ期しつる本意もなくては、などかへり給ひぬるぞ。いと怪しくこそありつれ」との給へば、「さる事には何の答をかせん。いとなかなかならん。殿上にても言ひののしりつれば、うへも聞しめして、興ぜさせ給ひつる」とかたる。辨もろともに、かへすがえす同じ事を誦じて、いとをかしがれば、人々出でて見る。とりどりに物ども言ひかはして歸るとて、なほ同じ事を諸聲に誦じて、左衞門の陣に入るまで聞ゆ。

翌朝、いと疾く、少納言の命婦といふが御文まゐらせたるに、この事を啓したれば、しもなるを召して、「さる事やありし」と問はせ給へば、「知らず、何とも思はでいひ出で侍りしを、行成の朝臣のとりなしたるにや侍らん」と申せば、「とりなすとても」と打ち笑ませ給へり。誰が事をも、殿上人譽めけりと聞かせ給ふをば、さ言はるる人をよろこばせ給ふもをかし。

(一四一段)

圓融院の御はての年、皆人御服ぬぎなどして、あはれなる事を、おほやけより始めて、院の人も、花の衣になどいひけん世の御事など思ひ出づるに、雨いたう降る日、藤三位の局に、蓑蟲のやうなる童の、大なる木のしろきにたて文をつけて、「これ奉らん」といひければ、「いづこよりぞ、今日明日御物忌なれば、御蔀もまゐらぬぞ」とて、しもは立てたる蔀のかみより取り入れて、さなんとはきかせ奉らず、「物忌なればえ見ず」とて、上についさして置きたるを、つとめて手洗ひて、「その卷數」とこひて、伏し拜みてあけたれば、胡桃色といふ色紙の厚肥えたるを、あやしと見てあけもてゆけば、老法師のいみじげなるが手にて、

これをだにかたみと思ふに都には葉がへやしつるしひしばの袖

とかきたり。あさましくねたかりけるわざかな。誰がしたるにかあらん。仁和寺の僧正のにやと思へど、よもかかる事のたまはじ。なほ誰ならん。藤大納言ぞかの院の別當におはせしかば、そのし給へる事なめり。これをうへの御前、宮などに、疾うきこしめさせばやと思ふに、いと心もとなけれど、なほ恐しう言ひたる物忌をしはてんと念じくらして、まだつとめて、藤大納言の御許に、この御返しをしてさしおかせたれば、すなはち又返事しておかせ給へりけり。

それを二つながら取りて、急ぎ參りて、「かかる事なん侍りし」と、うへもおはします御前にて語り申し給ふを、宮はいとつれなく御覽じて、「藤大納言の手のさまにはあらで、法師にこそあめれ」との給はすれば、「さはこは誰がしわざにか。すきずきしき上達部、僧綱などは誰かはある。それにやかれにや」など、おぼめきゆかしがり給ふに、うへ「このわたりに見えしにこそは、いとよく似ためれ」と打ちほほゑませ給ひて、今一すぢ御厨子のもとなりけるを、取り出でさせ給へれば、「いであな心う、これおぼされよ、あな頭いたや、いかで聞き侍らん」と、ただせめに責め申して、恨み聞えて笑ひ給ふに、やうやう仰せられ出でて、「御使にいきたりける鬼童は、臺盤所の刀自といふものの供なりけるを、小兵衞が語ひ出したるにやありけん」など仰せらるれば、宮も笑はせ給ふを、引きゆるがし奉りて、「などかく謀らせおはします。なほうたがひもなく手を打ち洗ひて伏し拜み侍りしことよ」と笑ひねたがり居給へるさまも、いとほこりかに愛敬づきてをかし。

さてうへの臺盤所にも笑ひののしりて、局におりて、この童尋ね出でて、文取り入れし人に見すれば、「それにこそ侍るめれ」といふ。「誰が文を、誰がとらせしぞ」といへば、しれじれとうち笑みて、ともかくもいはで走りにけり。藤大納言後に聞きて、笑ひ興じ給ひけり。

(一四二段)

つれづれなるもの  所さりたる物忌。馬おりぬ雙六。除目に官得ぬ人の家。雨うち降りたるはまして徒然なり。

(一四三段)

つれづれなぐさむるもの  物語。碁。雙六。三四ばかりなる兒の物をかしういふ。又いとちひさき兒の物語したるが、笑みなどしたる。菓子。男のうちさるがひ、物よくいふがきたるは、物忌なれどいれつかし。

(一四四段)

とりどころなきもの  かたちにくげに心あしき人。みそひめの濡れたる。これいみじうわろき事いひたると、萬の人にくむなることとて、今とどむべきにもあらず。又あとびの火箸といふ事、などてか、世になき事ならねば、皆人知りたらん。實に書きいで人の見るべき事にはあらねど、この草紙を見るべきものと思はざりしかば、怪しき事をも、にくき事をも、唯思はん事のかぎりを書かんとてありしなり。

(一四五段)

なほ世にめでたきもの  臨時の祭の御前ばかりの事は、何事にかあらん。試樂もいとをかし。

春は空のけしきのどかにて、うらうらとあるに、清涼殿の御前の庭に、掃部司のたたみどもを敷きて、使は北おもてに、舞人は御前のかたに、これらは僻事にもあらん。所の衆ども、衝重どもとりて前ごとに居ゑわたし、陪從もその日は御前に出で入るぞかし。公卿殿上人は、かはるがはる盃とりて、はてにはやくがひといふ物、男などのせんだにうたてあるを、御前に女ぞ出でて取りける、思ひかけず人やあらんとも知らぬに、火燒屋よりさし出でて、多く取らんと騒ぐものは、なかなかうちこぼしてあつかふ程に、かろらかにふと取り出でぬるものには遲れて、かしこき納殿に、火燒屋をして、取り入るるこそをかしけれ。掃部司のものども、たたみとるやおそきと、主殿司の官人ども、手ごとに箒とり、すなごならす。

承香殿の前のほどに、笛を吹きたて、拍子うちて遊ぶを、疾く出でこなんと待つに、有度濱うたひて、竹のませのもとに歩み出でて、御琴うちたる程など、いかにせんとぞ覺ゆるや。一の舞のいとうるはしく袖をあはせて、二人はしり出でて、西に向ひて立ちぬ。つぎつぎ出づるに、足踏を拍子に合せては、半臂の緒つくろひ、冠袍の領などつくろひて、あやもなきこま山などうたひて舞ひ立ちたるは、すべていみじくめでたし。

大比禮など舞ふは、日一日見るとも飽くまじきを、終てぬるこそいと口惜しけれど、又あるべしと思ふはたのもしきに、御琴かきかへして、このたびやがて竹の後から舞ひ出でて、ぬぎ垂れつるさまどものなまめかしさは、いみじくこそあれ。掻練の下襲など亂れあひて、こなたかなたにわたりなどしたる、いで更にいへば世の常なり。

このたびは又もあるまじければにや、いみじくこそ終てなん事は口惜しけれ。上達部なども、つづきて出で給ひぬれば、いとさうざうしう口をしきに、賀茂の臨時の祭は、還立の御神樂などにこそなぐさめらるれ。庭燎の烟の細うのぼりたるに、神樂の笛のおもしろうわななき、ほそう吹きすましたるに、歌の聲もいとあはれに、いみじくおもしろく、寒くさえ氷りて、うちたるきぬもいとつめたう、扇もたる手のひゆるもおぼえず。才の男ども召して飛びきたるも、人長の心よげさなどこそいみじけれ。

里なる時は、唯渡るを見るに、飽かねば、御社まで行きて見るをりもあり。大なる木のもとに車たてたれば、松の烟たなびきて、火のかげに半臂の緒、きぬのつやも、晝よりはこよなく勝りて見ゆる。橋の板を踏みならしつつ、聲合せて舞ふ程もいとをかしきに、水の流るる音、笛の聲などの合ひたるは、實に神も嬉しとおぼしめすらんかし。少將といひける人の、年ごとに舞人にて、めでたきものに思ひしみけるに、なくなりて、上の御社の一の橋のもとにあなるを聞けば、ゆゆしう、せちに物おもひいれじと思へど、猶このめでたき事をこそ、更にえ思ひすつまじけれ。

「八幡の臨時の祭の名殘こそいとつれづれなれ。などてかへりて又舞ふわざをせざりけん、さらばをかしからまし。禄を得て後よりまかづるこそ口惜しけれ」などいふを、うへの御前に聞し召して、「明日かへりたらん、めして舞はせん」など仰せらるる。「實にやさふらふらん、さらばいかにめでたからん」など申す。うれしがりて、宮の御前にも、「猶それまはせさせ給へ」と集りて申しまどひしかば、そのたびかへりて舞ひしは、嬉しかりしものかな。さしもや有らざらんと打ちたゆみつるに、舞人前に召すを聞きつけたる心地、物にあたるばかり騒ぐもいと物ぐるほしく、

下にある人々まどひのぼるさまこそ、人の從者、殿上人などの見るらんも知らず、裳を頭にうちかづきてのぼるを、笑ふもことわりなり。

(一四六段)

故殿などおはしまさで、世の中に事出でき、物さわがしくなりて、宮又うちにもいらせ給はず、小二條といふ所におはしますに、何ともなくうたてありしかば、久しう里に居たり。御前わたりおぼつかなさにぞ、猶えかくてはあるまじかりける。

左中將おはして物語し給ふ。「今日は宮にまゐりたれば、いみじく物こそあはれなりつれ。女房の裝束、裳唐衣などの折にあひ、たゆまずをかしうても侍ふかな。御簾のそばのあきたるより見入れつれば、八九人ばかり居て、黄朽葉の唐衣、薄色の裳、紫苑、萩などをかしう居なみたるかな。御前の草のいと高きを、などかこれは茂りて侍る。はらはせてこそといひつれば、露おかせて御覽ぜんとて殊更にと、宰相の君の聲にて答へつるなり。をかしくも覺えつるかな。御里居いと心憂し。かかる所に住居せさせ給はんほどは、いみじき事ありとも、必侍ふべき物に思し召されたるかひもなくなど、あまた言ひつる。語りきかせ奉れとなめりかし。參りて見給へ。あはれげなる所のさまかな。露臺の前に植ゑられたりける牡丹の、唐めきをかしき事」などの給ふ。「いさ人のにくしと思ひたりしかば、又にくく侍りしかば」と答へ聞ゆ。「おいらかにも」とて笑ひ給ふ。

實にいかならんと思ひまゐらする御氣色にはあらで、さぶらふ人たちの、「左大殿のかたの人しるすぢにてあり」などささめき、さし集ひて物などいふに、下より參るを見ては言ひ止み、はなち立てたるさまに見ならはずにくければ、「まゐれ」などあるたびの仰をも過して、實に久しうなりにけるを、宮の邊には、唯彼方がたになして、虚言なども出で來べし。

例ならず仰事などもなくて、日頃になれば、心細くて打ちながむる程に、長女文をもてきたり。「御前より左京の君して、忍びて賜はせたりつる」といひて、ここにてさへひき忍ぶもあまりなり。人傳の仰事にてあらぬなめりと、胸つぶれてあけたれば、かみには物もかかせ給はず、山吹の花びらを唯一つ包ませたまへり。それに

「いはで思ふぞ」

と書かせ給へるを見るもいみじう、日ごろの絶間思ひ歎かれつる心も慰みて嬉しきに、まづ知るさまを長女も打ちまもりて、「御前にはいかに、物のをりごとに思し出で聞えさせ給ふなるものを」とて、「誰も怪しき御ながゐとのみこそ侍るめれ。などか參らせ給はぬ」などいひて、「ここなる所に、あからさまにまかりて參らん」といひていぬる後に、御返事書きてまゐらせんとするに、この歌のもと更に忘れたり。「いとあやし。同じふる事といひながら、知らぬ人やはある。ここもとに覺えながら、言ひ出でられぬはいかにぞや」などいふを聞きて、ちひさき童の前に居たるが、「下ゆく水のとこそ申せ」といひたる。などてかく忘れつるならん。これに教へらるるもをかし。

御かへりまゐらせて、少しほど經て參りたり。いかがと、例よりはつつましうして、御几帳にはたかくれたるを、「あれは今參か」など笑はせ給ひて、「にくき歌なれど、このをりは、さも言ひつべかりけりとなん思ふを、見つけでは暫時えこそ慰むまじけれ」などの給はせて、かはりたる御氣色もなし。

童に教へられしことばなど啓すれば、いみじく笑はせ給ひて、「さる事ぞ、あまりあなづるふる事は、さもありぬべし」など仰せられて、ついでに、人のなぞなぞあはせしける所に、かたくなにはあらで、さやうの事にらうらうじかりけるが、「左の一番はおのれいはん、さ思ひ給へ」などたのむるに、さりともわろき事は言ひ出でじと選り定むるに、「その詞を聞かん、いかに」など問ふ。「唯まかせてものし給へ、さ申していと口惜しうはあらじ」といふを、實にと推しはかる。

日いと近うなりぬれば、「なほこの事のたまへ非常にをかしき事もこそあれ」といふを、「いさ知らず。さらばなたのまれそ」などむつかれば、覺束なしと思ひながら、その日になりて、みな方人の男女居分けて、殿上人など、よき人々多く居竝みてあはするに、左の一番にいみじう用意しもてなしたるさまの、いかなる事をか言ひ出でんと見えたれば、あなたの人も、こなたの人も、心もとなく打ちまもりて、「なぞなぞ」といふほど、いと心もとなし。「天にはり弓」といひ出でたり。

右の方の人は、いと興ありと思ひたるに、こなたの方の人は、物もおぼえずあさましうなりて、いとにくく愛敬なくて、「あなたによりて、殊更にまけさせんとしけるを」など、片時のほどに思ふに、右の人をこにおもふて、うち笑ひて、「ややさらに知らず」と、口ひきたれて猿樂しかくるに、「數させ數させ」とてささせつ。「いと怪しき事、これ知らぬもの誰かあらん。更に數さすまじ」と論ずれど、「知らずといひ出でんは、などてかまくるにならざらん」とて、つぎつぎのも、この人に論じかたせける。

いみじう人の知りたる事なれど、覺えぬ事はさこそあれ。「何しかはえ知らずといひし」と、後に恨みられて、罪さりける事を語り出でさせ給へば、御前なるかぎりは、さは思ふべし。「口をしく思ひけん、こなたの人の心地聞し召したりけん、いかににくかりけん」など笑ふ。これは忘れたることかは。皆人知りたることにや。

(一四七段)

正月十日、空いとくらう、雲も厚く見えながら、さすがに日はいとけざやかに照りたるに、えせものの家の後、荒畠などいふものの、土もうるはしうあをからぬに、桃の木わかだちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇枋やうに見えたるに、細やかなる童の、狩衣はかけやりなどして、髮は麗しきがのぼりたれば、又紅梅の衣白きなど、ひきはこえたる男子、半靴はきたる、木のもとに立ちて、「我によき木切りて、いで」など乞ふに、又髮をかしげなる童女の、袙ども綻びがちにて、袴は萎えたれど、色などよきうち著たる、三四人、「卯槌の木のよからん切りておろせ、ここに召すぞ」などいひて、おろしたれば、はしりがひ、とりわき、「我に多く」などいふこそをかしけれ。黒き袴著たる男走り來て乞ふに、「まて」などいへば、木のもとによりて引きゆるがすに、危ふがりて、猿のやうにかいつきて居るもをかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞあるかし。

(一四八段)

清げなるをのこの、雙六を日ひと日うちて、なほ飽かぬにや、みじかき燈臺に火を明くかかげて、敵の采をこひせめて、とみにも入れねば、筒を盤のうへにたてて待つ。狩衣の領の顏にかかれば、片手しておし入れて、いとこはからぬ烏帽子をふりやりて、「さはいみじう呪ふとも、うちはづしてんや」と、心もとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見ゆれ。

(一四九段)

碁をやんごとなき人のうつとて、紐うち解き、ないがしろなるけしきに拾ひおくに、おとりたる人の、ゐずまひもかしこまりたる氣色に、碁盤よりは少し遠くて、およびつつ、袖の下いま片手にて引きやりつつうちたるもをかし。

(一五〇段)

おそろしきもの  橡のかさ。燒けたる所。みづぶき。菱。髮おほかる男の頭洗ひてほすほど。栗のいが。

(一五一段)

きよしと見ゆるもの  土器。新しき鋺。疊にさす薦。水を物に入るる透影。新しき細櫃。

(一五二段)

きたなげなるもの  鼠の住處(すみか)。翌朝手おそく洗ふ人。白きつきはな。すすばなしくありく兒。油入るる物。雀の子。暑きほどに久しくゆあみぬ。衣の萎えたるは、いづれもいづれもきたなげなる中に、練色(ねりいろ)の衣こそきたなげなれ。

(一五三段)

いやしげなるもの  式部丞の爵。黒き髮のすぢふとき。布屏風の新しき。舊り黒みたるは、さるいふかひなき物にて、なかなか何とも見えず。新しくしたてて、櫻の花多くさかせて、胡粉、朱砂など色どりたる繪書きたる。遣戸、厨子、何も田舎物はいやしきなり。筵張の車のおそひ。檢非違使の袴。伊豫簾の筋ふとき。人の子に法師子のふとりたる。まことの出雲筵の疊。

(一五四段)

むねつぶるるもの  競馬見る。元結よる。親などの心地あしうして、例ならぬけしきなる。まして世の中などさわがしきころ、萬の事おぼえず。又物いはぬ兒の泣き入りて乳をも飮まず、いみじく乳母の抱くにも止まで、久しう泣きたる。

例の所などにて、殊に又いちじるからぬ人の聲聞きつけたるはことわり、人などのそのうへなどいふに、まづこそつぶるれ。いみじくにくき人の來るもいみじくこそあれ。昨夜きたる人の、今朝の文のおそき、聞く人さへつぶれる。思ふ人の文とりてさし出でたるも、またつぶる。

(一五五段)

うつくしきもの  瓜(うり)に書きたる兒の顏。雀の子のねずなきするにをどりくる。又紅粉などつけて居ゑたれば、親雀の蟲など持て來てくくむるも、いとらうたし。三つばかりなる兒の、急ぎて這ひくる道に、いとちひさき塵などのありけるを、目敏に見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、おとななどに見せたる、いとうつくし。あまにそぎたる兒の目に、髮のおほひたるを掻きは遣らで、うち傾きて物など見る、いとうつくし。たすきがけにゆひたる腰のかみの、白うをかしげなるも、見るにうつくし。

おほきにはあらぬ殿上わらはの、さうぞきたてられて歩くもうつくし。をかしげなる兒の、あからさまに抱きてうつくしむ程に、かいつきて寢入りたるもらうたし。

雛の調度。蓮のうき葉のいとちひさきを、池よりとりあげて見る。葵のちひさきもいとうつくし。何も何もちひさき物はいとうつくし。

いみじう肥えたる兒の二つばかりなるが、白ううつくしきが、二藍のうすものなど、衣ながくてたすきあげたるが、這ひ出でくるもいとうつくし。八つ九つ十ばかりなるをのこの、聲をさなげにて文よみたる、いとうつくし。

鷄の雛の、足だかに、白うをかしげに、衣みじかなるさまして、ひよひよとかしがましく鳴きて、人の後に立ちてありくも、また親のもとにつれだちありく、見るもうつくし。かりの子。舎利の壺。瞿麥の花。

(一五六段)

ひとばえするもの  ことなることなき人の子の、かなしくしならはされたる。しはぶき。恥しき人に物いはんとするにも、まづさきにたつ。

あなたこなたに住む人の子どもの、四つ五つなるは、あやにくだちて、物など取りちらして損ふを、常は引きはられなど制せられて、心のままにもえあらぬが、親のきたる所えて、ゆかしかりける物を、「あれ見せよや母」などひきゆるがすに、おとななど物いふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引き捜し出でて見るこそいとにくけれ。それを「まさな」とばかり打ち言ひて、取り隱さで、「さなせそ、そこなふな」とばかり笑みていふ親もにくし。われえはしたなくもいはで見るこそ心もとなけれ。

(一五七段)

名おそろしきもの  青淵。谷の洞。鰭板。鐵。土塊。雷は名のみならず、いみじうおそろし。暴風。ふさう雲。ほこぼし。おほかみ。牛はさめ。らう。ろうの長。いにすし。それも名のみならず、みるもおそろし。

繩筵。強盗、又よろづにおそろし。ひぢかさ雨。地楊梅。生靈。鬼ところ。鬼蕨。荊棘。枳殻。いりずみ。牡丹。うしおに。

:(一五八段)

見るにことなることなき物の文字にかきてことごとしきもの  覆盆子(いちご)。鴨頭草。みづぶき。胡桃(こも)。文章博士。皇后宮の權大夫。楊梅。

いたどりはまして虎の杖と書きたるとか。杖なくともありぬべき顏つきを。

(一五九段)

むつかしげなるもの  繍物のうら。猫の耳のうち。鼠のいまだ毛も生ひぬを、巣の中より數多まろばし出したる。裏まだつかぬかはぎぬの縫目。殊に清げならぬ所のくらき。

ことなる事なき人の、ちひさき子どもなど數多持ちてあつかひたる。いと深うしも志なき女の、心地あしうして久しく惱みたるも、男の心の中にはむつかしげなるべし。

(一六〇段)

えせものの所うるをりの事  正月の大根。行幸のをりの姫大夫。六月十二月の三十日の節折の藏人。季の御讀經の威儀師。赤袈裟著て僧の文ども讀みあげたる、いとらうらうじ。

御讀經佛名などの、御裝束の所の衆。春日祭の舎人ども。大饗の所のあゆみ。正月の藥子。卯杖の法師。五節の試の御髮上。節會御陪膳の采女。大饗の日の史生。七月の相撲。雨降る日の市女笠。渡するをりのかん取。

(一六一段)

くるしげなるもの  夜泣といふ物する兒の乳母。思ふ人二人もちて、こなたかなたに恨みふすべられたる男。こはき物怪あづかりたる驗者。驗だに早くばよかるべきを、さしもなきを、さすがに人わらはれにあらじと念ずる、いとくるしげなり。理なく物うたがひする男に、いみじう思はれたる女。

一の所にときめく人も、え安くはあらねど、それはよかめり。こころいられしたる人。

(一六二段)

うらやましきもの  經など習ひて、いみじくたどたどしくて、忘れがちにて、かへすがえすおなじ所を讀むに、法師は理、男も女も、くるくるとやすらかに讀みたるこそ、あれがやうに、いつの折とこそ、ふと覺ゆれ。心地など煩ひて臥したるに、うち笑ひ物いひ、思ふ事なげにて歩みありく人こそ、いみじくうらやましけれ。

稻荷に思ひおこして參りたるに、中の御社のほど、わりなく苦しきを念じてのぼる程に、いささか苦しげもなく、後れて來と見えたる者どもの、唯ゆきにさきだちて詣づる、いとうらやまし。二月午の日の曉に、いそぎしかど、坂のなからばかり歩みしかば、巳の時ばかりになりにけり。やうやう暑くさへなりて、まことにわびしう かからぬ人も世にあらんものを、何しに詣でつらんとまで涙落ちてやすむに、三十餘ばかりなる女の、つぼ裝束などにはあらで、ただ引きはこえたるが、「まろは七たびまうでし侍るぞ。三たびはまうでぬ、四たびはことにもあらず未には下向しぬべし」と道に逢ひたる人にうち言ひて、くだりゆきしこそ、ただなる所にては目もとまるまじきことの、かれが身に只今ならばやとおぼえしか。

男も、女も、法師も、よき子もちたる人、いみじううらやまし。髮長く麗しう、さがりばなどめでたき人。やんごとなき人の、人にかしづかれ給ふも、いとうらやまし。手よく書き、歌よく詠みて、物のをりにもまづとり出でらるる人。

よき人の御前に、女房いと數多さぶらふに、心にくき所へ遣すべき仰書などを、誰も鳥の跡のやうにはなどかはあらん、されど下などにあるをわざと召して、御硯おろしてかかせ給ふ、うらやまし。さやうの事は、所のおとななどになりぬれば、實になにはわたりの遠からぬも、事に隨ひて書くを、これはさはあらで、上達部のもと、又始めてまゐらんなど申さする人の女などには、心ことに、うへより始めてつくろはせ給へるを、集りて、戲にねたがりいふめり。

琴笛ならふに、さこそはまだしき程は、かれがやうにいつしかと覺ゆめれ。うち東宮の御乳母、うへの女房の御かたがたゆるされたる。三昧堂たてて、よひあかつきにいのられたる人。雙六うつに、かたきの賽ききたる。まことに世を思ひすてたるひじり。

(一六三段)

とくゆかしきもの  卷染、村濃、括物など染めたる。人の子産みたる、男女疾く聞かまほし。よき人はさらなり、えせもの、下種の分際だにきかまほし。除目のまだつとめて、かならずしる人のなるべきをりも聞かまほし。思ふ人のおこせたる文。

(一六四段)

こころもとなきもの  人の許に、頓の物ぬひにやりて待つほど。物見に急ぎ出でて、今や今やとくるしう居入りつつ、あなたをまもらへたる心地。子産むべき人の、ほど過ぐるまでさるけしきのなき。遠き所より思ふ人の文を得て、かたく封じたる續飯など放ちあくる、心もとなし。物見に急ぎ出でて、事なりにけりとて、白き笞など見つけたるに、近くやりよする程、佗しうおりてもいぬべき心地こそすれ。

知られじと思ふ人のあるに、前なる人に教へて物いはせたる。いつしかと待ち出でたる兒の、五十日百日などのほどになりたる、行末いと心もとなし。頓のもの縫ふに、くらきをり針に糸つくる。されど我はさるものにて、ありぬべき所をとらへて人につけさするに、それも急げばにやあらん、頓にもえさし入れぬを、「いで唯なすげそ」といへど、さすがになどてかはと思ひがほにえさらぬは、にくささへそひぬ。

何事にもあれ、急ぎて物へ行くをり、まづわがさるべき所へ行くとて、「只今おこせん」とて出でぬる車待つ程こそ心もとなけれ。大路往きけるを、さなりけると喜びたれば、外ざまに往ぬるいとくちをし。まして物見に出でんとてあるに、「事はなりぬらん」などいふを聞くこそわびしけれ。

子うみける人の、後のこと久しき。物見にや、又御寺まうでなどに、諸共にあるべき人を乘せに往きたるを、車さし寄せたてるが、頓にも乘らで待たするもいと心もとなく、うちすてても往ぬべき心地する。とみに煎炭おこす、いと心もとなし。

人の歌の返し疾くすべきを、え詠み得ぬほど、いと心もとなし。懸想人などはさしも急ぐまじけれど、おのづから又さるべきをりもあり。又まして女も男も、ただに言ひかはすほどは、疾きのみこそはと思ふほどに、あいなく僻事も出でくるぞかし。

又心地あしく、物おそろしきほど、夜の明くるまつこそ、いみじう心もとなけれ。はぐろめのひる程も心もとなし。

(一六五段)

故殿の御服の頃、六月三十日の御祓といふ事に出でさせ給ふべきを、職の御曹司は方あしとて、官のつかさのあいたる所に渡らせ給へり。その夜は、さばかり暑くわりなき闇にて、何事も。
せばう瓦葺にてさまことなり。例のやうに格子などもなく、唯めぐりて御簾ばかりをぞかけたる、なかなか珍しうをかし。女房庭におりなどして遊ぶ。前栽には萱草といふ草を、架垣ゆひていと多く植ゑたりける、花きはやかに重りて咲きたる、むべむべしき所の前栽にはよし。時づかさなどは唯かたはらにて、鐘の音も例には似ず聞ゆるを、ゆかしがりて、若き人々二十餘人ばかり、そなたに行きてはしり寄り、たかき屋にのぼりたるを、これより見あぐれば、薄鈍の裳、同じ色の衣單襲、紅の袴どもを著てのぼりたるは、いと天人などこそえいふまじけれど、空よりおりたるにやとぞ見ゆる。おなじわかさなれど、おしあげられたる人はえまじらで、うらやましげに見あげたるもをかし。

日暮れてくらまぎれにぞ、過したる人々皆立ちまじりて、右近の陣へ物見に出できて、たはぶれ騒ぎ笑ふもあめりしを、「かうはせぬ事なり、上達部のつき給ひしなどに、女房どものぼり、上官などの居る障子を皆打ち通しそこなひたり」など苦しがるものもあれど、ききも入れず。

屋のいと古くて、瓦葺なればにやあらん、暑さの世に知らねば、御簾の外に夜も臥したるに、ふるき所なれば、蜈蚣といふもの、日ひと日おちかかり、蜂の巣のおほきにて、つき集りたるなど、いとおそろしき。

殿上人日ごとに參り、夜も居明し、物言ふを聞きて、「秋ばかりにや、太政官の地の、今やかうのにはとならん事を」と誦し出でたりし人こそをかしかりしか。

秋になりたれど、かたへ涼しからぬ風の、所がらなめり。さすがに蟲の聲などは聞えたり。八日にかへらせたまへば、七夕祭などにて、例より近う見ゆるは、ほどのせばければなめり。

(一六六段)

宰相中將齊信、宣方の中將と參り給へるに、人々出でて物などいふに、ついでもなく、「明日はいかなる詩をか」といふに、いささか思ひめぐらし、とどこほりなく、「人間の四月をこそは」と答へ給へる、いみじうをかしくこそ。

過ぎたることなれど、心えていふはをかしき中にも、女房などこそさやうの物わすれはせね、男はさもあらず、詠みたる歌をだになまおぼえなるを、まことにをかし。内なる人も、外なる人も、心えずとおもひたるぞ理なるや。

この三月三十日廊の一の口に、殿上人あまた立てりしを、やうやうすべりうせなどして、ただ頭中將、源中將、六位ひとりのこりて、よろづのこといひ、經よみ、歌うたひなどするに、「明けはてぬなり、歸りなん」とて、露は別の涙なるべしといふことを、頭中將うち出し給へれば、源中將もろともに、いとをかしう誦じたるに、「いそぎたる七夕かな」といふを、いみじうねたがりて、曉の別のすぢの、ふと覺えつるままにいひて、わびしうもあるわざかな」と、「すべてこのわたりにては、かかる事思ひまはさずいふは、口惜しきぞかし」などいひて、あまりあかくなりにしかば、「葛城の神、今ぞすぢなき」とて、わけておはしにしを、七夕のをり、この事を言ひ出でばやと思ひしかど、宰相になり給ひにしかば、必しもいかでかは、その程に見つけなどもせん、文かきて、主殿司してやらんなど思ひし程に、七日に參り給へりしかば、うれしくて、その夜の事などいひ出でば、心もぞえたまふ。

すずろにふといひたらば、怪しなどやうちかたぶき給はん。さらばそれには、ありし事いはんとてあるに、つゆおぼめかで答へ給へりしかば、實にいみじうをかしかりき。月ごろいつしかと思ひ侍りしだに、わが心ながらすきずきしと覺えしに、いかでさはた思ひまうけたるやうにの給ひけん。もろともにねたがり言ひし中將は、思ひもよらで居たるに、「ありし曉の詞いましめらるるは、知らぬか」との給ふにぞ、

「實にさしつ」などいひ、「男は張騫」などいふことを、人には知らせず、この君と心えていふを、「何事ぞ何事ぞ」と源中將はそひつきて問へど、いはねば、かの君に「猶これの給へ」と怨みられて、よき中なれば聞せてけり。いとあへなく言ふ程もなく、近うなりぬるをば、「押小路のほどぞ」などいふに、我も知りにけると、いつしか知られんとて、わざと呼び出て、「碁盤侍りや、まろもうたんと思ふはいかが、手はゆるし給はんや。頭中將とひとし碁なり。なおぼしわきそ」といふに、「さのみあらば定めなくや」と答へしを、かの君に語り聞えければ、「嬉しく言ひたる」とよろこび給ひし。なほ過ぎたること忘れぬ人はいとをかし。

宰相になり給ひしを、うへの御前にて、「詩をいとをかしう誦じ侍りしものを、蕭會稽の古廟をも過ぎにしなども、誰か言ひはべらんとする。暫しならでもさぶらへかし。口惜しきに」など申ししかば、いみじう笑はせ給ひて、「さなんいふとて、なさじかし」など仰せられしもをかし。されどなり給ひにしかば、誠にさうざうしかりしに、源中將おとらずと思ひて、ゆゑだちありくに、宰相中將の御うへをいひ出でて、「いまだ三十の期に逮ばずといふ詩を、こと人には似ず、をかしう誦じ給ふ」などいへば、「などかそれに劣らん、まさりてこそせめ」とて詠むに、「更にわろくもあらず」といへば、「わびしの事や、いかで、あれがやうに誦ぜで」などの給ふ。

「三十の期といふ所なん、すべていみじう、愛敬づきたりし」などいへば、ねたがりて笑ひありくに、陣につき給へりけるをりに、わきて呼び出でて、「かうなんいふ。猶そこ教へ給へ」といひければ、笑ひて教へけるも知らぬに、局のもとにて、いみじくよく似せて詠むに、あやしくて、「こは誰そ」と問へば、ゑみごゑになりて、「いみじき事聞えん。かうかう昨日陣につきたりしに、問ひ來てたちにたるなめり。誰ぞと、にくからぬ氣色にて問ひ給へれば」といふも、わざとさ習ひ給ひけんをかしければ、これだに聞けば、出でて物などいふを、「宰相の中將の徳見る事、そなたに向ひて拜むべし」などいふ。下にありながら、「うへに」などいはするに、これをうち出づれば、「誠はあり」などいふ。御前にかくなど申せば、笑はせ給ふ。

内裏の御物忌なる日、右近のさうくわんみつなにとかやいふものして、疊紙に書きておこせたるを見れば、「參ぜんとするを、今日は御物忌にてなん。三十の期におよばずは、いかが」といひたれば、返事に、「その期は過ぎぬらん、朱買臣が妻を教へけん年にはしも」と書きてやりたりしを、又ねたがりて、うへの御前にも奏しければ、宮の御かたにわたらせ給ひて、「いかでかかる事は知りしぞ。四十九になりける年こそ、さは誡めけれとて、宣方はわびしういはれにたりといふめるは」と笑はせ給ひしこそ、物ぐるほしかりける君かなとおぼえしか。

(一六七段)

昔おぼえてふようなるもの  繧繝縁(うげんばし)の疊の舊(ふ)りてふし出できたる。唐繪の屏風の表そこなはれたる。藤のかかりたる松の木枯れたる。地摺の裳の花かへりたる。衞士の目くらき。几帳のかたびらのふりぬる。帽額のなくなりぬる。七尺のかづらのあかくなりたる。葡萄染の織物の灰かへりたる。

色好の老いくづをれたる。おもしろき家の木立やけたる。池などはさながらあれど、萍水草(うきくさみくさ)しげりて。

(一六八段)

たのもしげなきもの  心みじかくて人忘れがちなる。聟の夜がれがちなる。六位の頭しろき。虚言する人の、さすがに人のことなしがほに大事うけたる。一番に勝つ雙六。六七八十なる人の、心地あしうして日ごろになりぬる。風はやきに帆あげたる船。

(一六九段)

經は  不斷經。

(一七〇段)

近くてとほきもの   宮のほとりの祭。思はぬ兄弟、親族の中。鞍馬の九折といふ道。十二月の晦日、正月一日のほど。

(一七一段)

:遠くてちかきもの   極樂。船の道。男女の中。

(一七二段)

井は  堀兼の井。走井は逢阪なるがをかしき。山の井、さしもあさきためしになりはじめけん。

(一七三段)

受領は  紀伊守。和泉。

(一七四段)

やどりのつかさの權の守は  下野。甲斐。越後。筑後。阿波。

(一七五段)

大夫は  式部大夫。左衛門大夫。史大夫。

(一七六段)

六位藏人、おもひかくべき事にもあらずかうぶりえて、何の大夫、權の守などいふ人の、板屋せばき家もたりて、また小桧垣など新しくし、車やどりに車ひきたて、前ちかく木おほくして、牛つながせて、草などかはするこそいとにくけれ。庭いと清げにて、紫革して、伊豫簾かけわたして、布障子はりて住居たる。夜は「門強くさせ」など事行ひたる、いみじうおひさきなくこころづきなし。

親の家、舅はさらなり、伯父兄などの住まぬ家、そのさるべき人のなからんは、おのづからむつましう、うち知りたる受領、又國へ行きていたづらなる、さらずば女院、宮腹などの屋あまたあるに、官まち出でて後、いつしかとよき所尋ね出でて住みたるこそよけれ。

(一七七段)

女のひとり住む家などは、唯いたう荒れて、築土などもまたからず、池などのある所は、水草ゐ、庭なども、いと蓬茂りなどこそせねども、所々砂の中より青き草見え、淋しげなるこそあはれなれ。物かしこげに、なだらかに修理して、門いとうかため、きはぎはしきは、いとうたてこそ覺ゆれ。

(一七八段)

宮仕人の里なども、親ども二人あるはよし。人しげく出で入り、奧のかたにあまたさまざまの聲多く聞え、馬の音して騒しきまであれどかなし。

されど忍びてもあらはれても、おのづから、「出で給ひけるを知らで」とも、「又いつか參り給ふ」などもいひにさしのぞく。心かけたる人は、「いかがは」と門あけなどするを、うたて騒しうあやふげに、夜半までなど思ひたるけしき、いとにくし。「大御門はさしつや」など問はすれば、「まだ人のおはすれば」など、なまふせがしげに思ひて答ふるに、「人出で給ひなば疾くさせ。このごろは盗人いと多かり」などいひたる、いとむつかしう、うち聞く人だにあり。

この人の供なるものども、この客今や出づると、絶えずさしのぞきて、けしき見るものどもを、わらふべかめり。眞似うちするも、聞きてはいかにいとど嚴しういひ咎めん。いと色に出でていはぬも、思ふ心なき人は、必來などやする。されど健なるかたは、「夜更けぬ、御門もあやふかなる」といひてぬるもあり。誠に志ことなる人は、「はや」などあまた度やらはるれど、猶居あかせば、たびたびありくに、あけぬべきけしきをめづらかに思ひて、「いみじき御門を、今宵らいさうとあけひろげて」と聞えごちて、あぢきなく曉にぞさすなる。いかがにくき。親そひぬるは猶こそあれ。まして誠ならぬは、いかに思ふらんとさへつつましうて。兄の家なども、實に聞くにはさぞあらん。

夜中曉ともなく、門いと心がしこくもなく、何の宮、内裏わたりの殿ばらなる人々の出であひなどして、格子などもあげながら、冬の夜を居あかして、人の出でぬる後も、見出したるこそをかしけれ。有明などはましていとをかし。笛など吹きて出でぬるを、我は急ぎても寢られず、人のうへなどもいひ、歌など語り聞くままに、寢いりぬるこそをかしけれ。

(一七九段)

雪のいと高くはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。
又雪のいと高く降り積みたる夕暮より、端ちかう、同じ心なる人二三人ばかり、火桶中に居ゑて、物語などするほどに、暗うなりぬれば、こなたには火もともさぬに、大かた雪の光いと白う見えたるに、火箸して灰などかきすさびて、あはれなるもをかしきも、いひあはするこそをかしけれ。

よひも過ぎぬらんと思ふほどに、沓の音近う聞ゆれば、怪しと見出したるに、時々かやうの折、おぼえなく見ゆる人なりけり。今日の雪をいかにと思ひきこえながら、何でふ事にさはり、そこに暮しつるよしなどいふ。今日來ん人をなどやうのすぢをぞ言ふらんかし。晝よりありつる事どもをうちはじめて、よろづの事をいひ笑ひ、圓座さし出したれど、片つ方の足はしもながらあるに、鐘の音の聞ゆるまでになりぬれど、内にも外にも、いふ事どもは飽かずぞおぼゆる。

昧爽のほどに歸るとて、雪何の山に滿てるとうち誦じたるは、いとをかしきものなり。女のかぎりしては、さもえ居明さざらましを、ただなるよりはいとをかしう、すきたる有樣などを言ひあはせたる。

(一八〇段)

村上の御時、雪のいと高う降りたりけるを、楊器にもらせ給ひて、梅の花をさして、月いと明きに、「これに歌よめ、いかがいふべき」と兵衞の藏人に賜びたりければ、雪月花の時と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよまんには世の常なり、かう折にあひたる事なん、言ひ難き」とこそ仰せられけれ。

同じ人を御供にて、殿上に人侍はざりける程、佇ませおはしますに、すびつの烟の立ちければ、「かれは何の烟ぞ、見て來」と仰せられければ、見てかへり參りて、

わたつみの沖にこがるる物見ればあまの釣してかへるなりけり

と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りてこがるるなりけり。

(一八一段)

御形の宣旨、五寸ばかりなる殿上わらはのいとをかしげなるをつくりて、髻結ひ、裝束などうるはしくして、名かきて奉らせたりけるに、ともあきらのおほきみと書きたりけるをこそ、いみじうせさせ給ひけれ。

(一八二段)

宮に始めて參りたるころ、物の恥しきこと數知らず、涙も落ちぬべければ、夜々まゐりて、三尺の御几帳の後に侍ふに、繪など取り出でて見せさせ給ふだに、手もえさし出すまじうわりなし。これはとあり、かれはかかりなどの給はするに、高杯にまゐりたるおほとの油なれば、髮のすぢなども、なかなか晝よりは顯證に見えてまばゆけれど、念じて見などす。いとつめたきころなれば、さし出させ給へる御手のわづかに見ゆるが、いみじう匂ひたる薄紅梅なるは、限なくめでたしと、見知らぬさとび心地には、いかがはかかる人こそ世におはしましけれど、驚かるるまでぞまもりまゐらする。

曉には疾くなど急がるる。「葛城の神も暫し」など仰せらるるを、いかですぢかひても御覽ぜんとて臥したれば、御格子もまゐらず。女官まゐりて、「これはなたせ給へ」といふを、女房聞きてはなつを、「待て」など仰せらるれば、笑ひてかへりぬ。

物など問はせ給ひの給はするに、久しうなりぬれば、「おりまほしうなりぬらん、さ早」とて、「よさりは疾く」と仰せらるる。ゐざり歸るや遲きとあけちらしたるに、雪ふりにけり。

今日は晝つかた參れ、雪にくもりてあらはにもあるまじ」など、たびたび召せば、この局主人も、「さのみや籠り居給ふらんとする。いとあへなきまで御前許されたるは、思しめすやうこそあらめ。思ふに違ふはにくきものぞ」と、唯いそがしに急がせば、我にもあらぬ心地すれば、參るもいとぞ苦しき。火燒屋のうへに降り積みたるも珍しうをかし。

御前近くは、例の炭櫃の火こちたくおこして、それにはわざと人も居ず。宮は沈の御火桶の梨繪したるに向ひておはします。上臈御まかなひし給ひけるままに近くさぶらふ。次の間に長炭櫃に間なく居たる人人、唐衣著垂れたるほどなり。安らかなるを見るも羨しく、御文とりつぎ、立ち居ふるまふさまなど、つつましげならず、物いひゑみわらふ。いつの世にか、さやうに交ひならんと思ふさへぞつつましき。あうよりて、三四人集ひて繪など見るもあり。

暫時ありて、さき高うおふ聲すれば、「殿參らせ給ふなり」とて、散りたる物ども取りやりなどするに、奧に引き入りて、さすがにゆかしきなめりと、御几帳のほころびより僅に見入れたり。

大納言殿の參らせ給ふなりけり。御直衣指貫の紫の色、雪にはえてをかし。柱のもとに居給ひて、「昨日今日物忌にて侍れど、雪のいたく降りて侍らば、おぼつかなさに」などのたまふ。「道もなしと思ひけるに、いかでか」とぞ御答あなる。うち笑ひ給ひて、「あはれともや御覽ずるとて」などの給ふ御有樣は、これよりは何事かまさらん。物語にいみじう口にまかせて言ひたる事ども、違はざめりとおぼゆ。

宮は白き御衣どもに、紅の唐綾二つ、白き唐綾と奉りたる、御髮のかからせ給へるなど、繪に書きたるをこそ、かかることは見るに、現にはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。女房と物いひ戲れなどし給ふを、答いささか恥しとも思ひたらず聞えかへし、空言などの給ひかくるを、爭ひ論じなど聞ゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいあく面ぞ赤むや。御菓子まゐりなどして、御前にも參らせ給ふ。「御几帳の後なるは誰ぞ」と問ひ給ふなるべし。さぞと申すにこそあらめ、立ちておはするを、外へにやあらんと思ふに、いと近う居給ひて、物などの給ふ。まだ參らざりしとき聞きおき給ひける事などの給ふ。

「實にさありし」などの給ふに、御几帳隔てて、よそに見やり奉るだに恥しかりつるを、いとあさましう、さし向ひ聞えたる心地、うつつとも覺えず。

行幸など見るに、車のかたにいささか見おこせ給ふは、下簾ひきつくろひ、透影もやと扇をさし隱す。猶いと我心ながらも、おほけなくいかで立ち出でにしぞと、汗あえていみじきに、何事をか聞えん。かしこきかげと捧げたる扇をさへ取り給へるに、振りかくべき髮のあやしささへ思ふに、すべて誠にさる氣色やつきてこそ見ゆらめ、疾く立ち給へなど思へど、扇を手まさぐりにして、「繪は誰が書きたるぞ」などの給ひて、頓にも立ち給はねば、袖を押しあてて、うつぶし居たるも、唐衣にしろい物うつりて、まだらにならんかし。久しう居給ひたりつるを、論なう苦しと思ふらんと心得させ給へるにや、「これ見給へ、これは誰が書きたるぞ」と聞えさせ給ふを、嬉しと思ふに、「賜ひて見侍らん」と申し給へば、「猶ここへ」との給はすれば、「人をとらへてたて侍らぬなり」との給ふ。いといまめかしう、身のほど年には合はず、かたはらいたし。人の草假字書きたる草紙、取り出でて御覽ず。「誰がにかあらん、かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手は見知りて侍らん」と怪しき事どもを、唯答させんとのたまふ。

一所だにあるに、又さきうちおはせて、同じ直衣の人參らせ給ひて、これは今少し花やぎ、猿樂ことなどうちし、譽め笑ひ興じ、我も、なにがしがとある事、かかる事など、殿上人のうへなど申すを聞けば、猶いと變化の物、天人などのおり來るにやと覺えてしを、侍ひ馴れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもなきわざにこそありけれ。かく見る人々も、家のうち出で初めけん程は、さこそは覺えけめど、かく爲もて行くに、おのづから面馴れぬべし。

物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ。御いらへに、「いかにかは」と啓するに合せて、臺盤所のかたに、鼻をたかくひたれば、「あな心う、虚言するなりけり。よしよし」とていらせ給ひぬ。いかでか虚言にはあらん。よろしうだに思ひ聞えさすべき事かは。鼻こそは虚言しけれとおぼゆ。さても誰かかくにくきわざしつらんと、大かた心づきなしと覺ゆれば、わがさる折も、おしひしぎかへしてあるを、ましてにくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくも啓しなほさで、明けぬればおりたるすなはち、淺緑なる薄樣に、艶なる文をもてきたり。見れば、

いかにしていかに知らましいつはりをそらにただすの神なかりせば

となん、御けしきはとあるに、めでたくも口をしくも思ひ亂るるに、なほ昨夜の人ぞたづね聞かまほしき。

うすきこそそれにもよらねはなゆゑにうき身の程を知るぞわびしき

猶こればかりは啓しなほさせ給へ、職の神もおのづからいと畏しとて、參らせて後も、うたて、折しもなどてさはたありけん、いとをかし。

(一八三段)

したりがほなるもの  正月一日のつとめて、最初にはなひたる人。きしろふたびの藏人に、かなしうする子なしたる人のけしき。除目に、その年の一の國得たる人の、よろこびなどいひて、「いとかしこうなり給へり」など人のいふ答に、「何か、いと異樣に亡びて侍るなれば」などいふも、したり顏なり。

また人多く挑みたる中に、選られて壻に取られたるも、我はと思ひぬべし。こはき物怪調じたる驗者。掩韻の明疾うしたる。小弓射るに、片つ方の人咳嗽をし紛はして騒ぐに、念じて音高う射てあてたるこそ、したり顏なるけしきなれ。碁をうつに、さばかりと知らで、ふくつけきは、又こと所にかがぐりありくに、ことかたより、目もなくして、多くひろひ取りたるも嬉しからじや。ほこりかに打ち笑ひ、ただの勝よりはほこりかなり。

ありありて受領になりたる人の氣色こそうれしげなれ。僅にある從者の無禮にあなづるも、妬しと思ひ聞えながら、いかがせんとて念じ過しつるに、我にもまさる者どもの、かしこまり、ただ仰承らむと追從するさまは、ありし人とやは見えたる。女房うちつかひ、見えざりし調度裝束の湧き出づる。受領したる人の中將になりたるこそ、もと公達のなりあがりたるよりも、氣高うしたり顏に、いみじう思ひためれ。

(一八四段)

位こそ猶めでたきものにはあれ。同じ人ながら、大夫の君や、侍從の君など聞ゆるをりは、いと侮り易きものを、中納言、大納言、大臣などになりぬるは、無下にせんかたなく、やんごとなく覺え給ふ事のこよなさよ。ほどほどにつけては、受領もさこそはあめれ。數多國に行きて、大貳や四位などになりて、上達部になりぬれば、おもおもし。されど、さりとてほど過ぎ、何ばかりの事かはある。又多くやはある。受領の北の方にてくだるこそ、よろしき人の幸福には思ひてあめれ。只人の上達部の女にて、后になり給ふこそめでたけれ。

されどなほ男は、わが身のなり出づるこそめでたくうち仰ぎたるけしきよ。法師の、なにがし供奉などいひてありくなどは、何とかは見ゆる。經たふとく讀み、みめ清げなるにつけても、女にあなづられて、なりかかりこそすれ、僧都僧正になりぬれば、佛のあらはれ給へるにこそとおぼし惑ひて、かしこまるさまは、何にかは似たる。

(一八五段)

風は  嵐。こがらし。三月ばかりの夕暮にゆるく吹きたる花風、いとあはれなり。

八九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨のあし横ざまに、さわがしう吹きたるに、夏とほしたる綿絹の、汗の香などかわき、生絹の單衣に、引き重ねて著たるもをかし。この生絹だにいとあつかはしう、捨てまほしかりしかば、いつの間にかうなりぬらんと思ふもをかし。あかつき、格子妻戸など押しあげたるに、嵐のさと吹きわたりて、顏にしみたるこそいみじうをかしけれ。

九月三十日、十月一日のほどの空うち曇りたるに、風のいたう吹くに、黄なる木の葉どもの、ほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。櫻の葉、椋の葉などこそ落つれ。十月ばかりに、木立多かる所の庭は、いとめでたし。

(一八六段)

野分の又の日こそ、いみじう哀におぼゆれ。

立蔀、透垣などのふしなみたるに、前栽ども心ぐるしげなり。大なる木ども倒れ、枝など吹き折られたるだに惜しきに、萩女郎花などのうへに、よろぼひ這ひ伏せる、いとおもはずなり。格子のつぼなどに、颯と際を殊更にしたらんやうに、こまごまと吹き入りたるこそ、あらかりつる風のしわざともおぼえね。

いと濃き衣のうはぐもりたるに、朽葉の織物、羅などの小袿著て、まことしく清げなる人の、夜は風のさわぎにねざめつれば、久しう寐おきたるままに、鏡うち見て、母屋よりすこしゐざり出でたる、髮は風に吹きまよはされて、少しうちふくだみたるが、肩にかかりたるほど、實にめでたし。

物あはれなる氣色見るほどに、十七八ばかりにやあらん、ちひさくはあらねど、わざと大人などは見えぬが、生絹の單衣のいみじうほころびたる、花もかへり、濡れなどしたる、薄色の宿直物を著て、髮は尾花のやうなるそぎすゑも、長ばかりは衣の裾にはづれて、袴のみあざやかにて、そばより見ゆる。わらはべの、若き人の根籠に吹き折られたる前栽などを取り集め起し立てなどするを、羨しげに推し量りて、つき添ひたるうしろもをかし。

(一八七段)

こころにくきもの  物へだてて聞くに、女房とは覺えぬ聲の、忍びやかに聞えたるに、答わかやかにして、うちそよめきて參るけはひ、物まゐる程にや、筋飯匙などのとりまぜて鳴りたる、提の柄のたふれ伏すも、耳こそとどまれ。

打ちたる衣の鮮かなるに、騒しうはあらで、髮のふりやられたる。
いみじうしつらひたる所の、おほとなぶらは參らで、長炭櫃に、いと多くおこしたる火の光に、御几帳の紐のいとつややかに見え、御簾の帽額のあげたる、鈎のきはやかなるもけざやかに見ゆ。よく調じたる火桶の、灰清げにおこしたる火に、よく書きたる繪の見えたる、をかし。はしのいときはやかにすぢかひたるもをかし。

夜いたう更けて、人の皆寢ぬる後に、外のかたにて、殿上人など物いふに、奧に、碁石笥にいる音のあまた聞えたる、いと心にくし。簀子に火ともしたる。物へだてて聞くに、人の忍ぶるが、夜半などうち驚きて、いふ事は聞えず、男も忍びやかに笑ひたるこそ、何事ならんとをかしけれ。

(一八八段)

島は  浮島。八十島。たはれ島。水島。松が浦島。籬の島。豐浦の島。たと島。

(一八九段)

濱は  そとの濱。吹上の濱。長濱。打出の濱。諸寄の濱。千里の濱こそ廣うおもひやらるれ。

(一九〇段)

浦は  生(おう)の浦。鹽竈(しおがま)の浦。志賀の浦。名高の浦。こりずまの浦。和歌の浦。

(一九一段)

寺は  壺坂。笠置。法輪。高野は、弘法大師の御住處なるがあはれなるなり。石山。粉川。志賀。

(一九二段)

:經は  法華經はさらなり。千手經。普賢十願。隨求經。尊勝陀羅尼。阿彌陀の大呪。千手陀羅尼。

(一九三段)

文は  文集。文選(もんぜん)。博士の申文(もうしぶみ)。

(一九四段)

佛は  如意輪は、人の心をおぼしわづらひて、頬杖を突きておはする、世に知らずあはれにはづかし。千手、すべて六觀音。不動尊。藥師佛。釋迦。彌勒。普賢。地藏。文珠。

(一九五段)

物語は  すみよし、うつぼの類は、殿うつり。月まつ女。交野の少將。梅壺の少將。人め。國ゆづり。むもれ木。道心すすむる松が枝。こまのの物語は、ふるきかはぼりさし出でてもいにしが、をかしきなり。

(一九六段)

野は  嵯峨野さらなり。印南野。交野。こま野。粟津野。飛火野。しめぢ野。そうけ野こそすずろにをかしけれ。などさつけたるにかあらん。安倍野。宮城野。春日野。紫野。

(一九七段)

陀羅尼は  あかつき。讀經は  ゆふぐれ。

(一九八段)

あそびは  夜人の顏見えぬほど。

(一九九段)

あそびわざは  さまあしけれども、鞠もをかし。小弓。掩韻。碁。

(二〇〇段)

舞は  駿河舞。求子。太平樂はさまあしけれど、いとをかし。太刀などうたてくあれど、いとおもしろし。漢土に敵に具して遊びけんなど聞くに。

鳥の舞。拔頭は、頭の髮ふりかけたるまみなどはおそろしけれど、樂もいとおもしろし。落蹲は、二人して膝ふみて舞ひたる。こまがた。

(二〇一段)

ひきものは  琵琶。筝のこと。

(二〇二段)

笛は  横笛いみじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。近かりつるがはるかになりて、いとほのかに聞ゆるも、いとをかし。車にても徒歩にても馬にても、すべて懷にさし入れてもたるも、何とも見えず。さばかりをかしきものはなし。まして聞き知りたる調子など、いみじうめでたし。曉などに、忘れて枕のもとにありたるを見つけたるも、猶をかし。人の許より取りにおこせたるを、おし包みて、遣るも、ただ文のやうに見えたり。

笙の笛は、月のあかきに、車などにて聞えたる、いみじうをかし。所せく、もてあつかひにくくぞ見ゆる。吹く顏やいかにぞ。それは横笛もふきなしありかし。

篳篥(ひちりき)は、いとむつかしう、秋の蟲をいはば、轡蟲などに似て、うたてけぢかく聞かまほしからず。ましてわろう吹きたるはいとにくきに、臨時の祭の日、いまだ御前には出ではてで、物の後にて、横笛をいみじう吹き立てたる、あなおもしろと聞くほどに、半ばかりより、うちそへて吹きのぼせたる程こそ、唯いみじう麗しき髮もたらん人も、皆立ちあがりぬべき心地ぞする。やうやう琴笛あはせて歩み出でたる、いみじうをかし。

(二〇三段)

見るものは  行幸。祭のかへさ。御賀茂詣。

臨時の祭、空くもりて寒げなるに、雪少しうち散りて、插頭の花、青摺などにかかりたる、えもいはずをかし。太刀の鞘の、きはやかに黒うまだらにて、白く廣う見えたるに、半臂の緒のやうしたるやうにかかりたる。地摺袴の中より、氷かと驚くばかりなる打目など、すべていとめでたし。今少し多く渡らせまほしきに、使は必にくげなるもあるたびは、目もとまらぬ。されど藤の花に隱されたる程はをかしう、猶過ぎぬかたを見送らるるに、陪從のしなおくれたる、柳の下襲に、かざしの山吹おもなく見ゆれども、扇いと高くうちならして、「賀茂の社のゆふだすき」と歌ひたるは、いとをかし。

行幸になずらふるものは何かあらん。御輿に奉りたるを見參らせたるは、明暮御前に侍ひ、仕う奉る事もおぼえず、かうがうしういつくしう、常は何ともなきつかさ、ひめまうちぎみさへぞ、やんごとなう珍しう覺ゆる。

御綱助、中少將などいとをかし。祭のかへさいみじうをかし。きのふは萬の事うるはしうて、一條の大路の廣う清らなるに、日の影もあつく、車にさし入りたるもまばゆければ、扇にて隱し、居なほりなどして、久しう待ちつるも見苦しう、汗などもあえしを、今日はいと疾く出でて、雲林院、知足院などのもとに立てる車ども、葵かつらもうちなえて見ゆ。日は出でたれど、空は猶うち曇りたるに、いかで聞かんと、目をさまし、起き居て待たるる杜鵑の、數多さへあるにやと聞ゆるまで、鳴きひびかせば、いみじうめでたしと思ふ程に、鶯の老いたる聲にて、かれに似せんとおぼしく、うち添へたるこそ、憎けれど又をかしけれ。

いつしかと待つに、御社の方より、赤き衣など著たる者どもなど連れ立ちてくるを、「いかにぞ、事成りぬや」などいへば、「まだ無期」など答へて、御輿、腰輿など持てかへる。これに奉りておはしますらんもめでたく、けぢかく如何でさる下司などの侍ふにかとおそろし。はるかげにいふ程もなく歸らせ給ふ。葵より始めて、青朽葉どものいとをかしく見ゆるに、所の衆の青色白襲を、けしきばかり引きかけたるは、卯の花垣根ちかうおぼえて、杜鵑もかげに隱れぬべう覺ゆかし。昨日は車ひとつに數多乘りて、二藍の直衣、あるは狩衣など亂れ著て、簾取りおろし、物ぐるほしきまで見えし公達の、齋院の垣下にて、ひの裝束うるはしくて、今日は一人づつ、をさをさしく乘りたる後に、殿上童のせたるもをかし。

:わたりはてぬる後には、などかさしも惑ふらん。我も我もと、危くおそろしきまで、前に立たんと急ぐを、「かうな急ぎそ、のどやかに遣れ」と扇をさし出でて制すれど、聞きも入れねば、わりなくて、少し廣き所に強ひてとどめさせて立ちたるを、心もとなくにくしとぞ思ひたる、きほひかかる車どもを見やりてあるこそをかしけれ。少しよろしき程にやり過して、道の山里めきあはれなるに、うつ木垣根といふ物の、いと荒々しう、おどろかしげにさし出でたる枝どもなど多かるに、花はまだよくもひらけはてず、つぼみがちに見ゆるを折らせて、車のこなたかなたなどに插したるも、桂などの萎みたるが口惜しきに、をかしうおぼゆ。遠きほどは、えも通るまじう見ゆる行くさきを、近う行きもてゆけば、さしもあらざりつるこそをかしけれ。

男の車の誰とも知らぬが、後に引きつづきてくるも、ただなるよりはをかしと見る程に、引き別るる所にて、「峯にわかるる」といひたるもをかし。

(二〇四段)

五月ばかり、山里にありく、いみじくをかし。澤水も實にただいと青く見えわたるに、うへはつれなく草生ひ茂りたるを、ながながとただざまに行けば、下はえならざりける水の、深うはあらねど、人の歩むにつけて、とばしりあげたるいとをかし。

左右にある垣の枝などのかかりて、車のやかたに入るも、急ぎてとらへて折らんと思ふに、ふとはづれて過ぎぬるも口惜し。蓬の車に押しひしがれたるが、輪のまひたちたるに、近うかがへたる香もいとをかし。

(二〇五段)

いみじう暑きころ、夕すずみといふ程の、物のさまなどおぼめかしきに、男車のさきおふはいふべき事にもあらず、ただの人も、後の簾あげて、二人も一人も乘りて、走らせて行くこそ、いと涼しげなれ。まして琵琶ひきならし、笛の音聞ゆるは、過ぎていぬるも口惜しくさやうなるほどに、牛の鞦の香の、怪しうかぎ知らぬさまなれど、うち嗅がれたるが、をかしきこそ物ぐるほしけれ。

いと暗闇なるに、さきにともしたる松の煙の、かの車にかかれるもいとをかし。

(二〇六段)

五日の菖蒲の、秋冬過ぐるまであるが、いみじう白み枯れて怪しきを、引き折りあげたるに、その折の香殘りて、かがへたるもいみじうをかし。

(二〇七段)

よくたきしめたる薫物の、昨日、一昨日、今日などはうち忘れたるに、衣を引きかづきたる中に、煙の殘りたるは、今のよりもめでたし。

(二〇八段)

月のいとあかきに川を渡れば、牛の歩むままに、水晶などのわれたるやうに、水のちりたるこそをかしけれ。

(二〇九段)

おほきにてよきもの  法師。くだもの。家。餌嚢。硯の墨。男の目。あまりほそきは女めきたり、又鋺のやうならんはおそろし。火桶。酸漿。松の木。山吹のはなびら。馬も牛も、よきは大にこそあめれ。

(二一〇段)

みじかくてありぬべきもの  とみの物ぬふ糸。燈臺。下種女の髮、うるはしく短くてありぬべし。人の女の聲。

(二一一段)

人の家につきづきしきもの  厨(くりや)。

侍の曹司。箒のあたらしき。懸盤。童女。はしたもの。衝立障子。三尺の几帳。裝束よくしたる餌嚢。からかさ。
かきいた。棚厨子。ひさげ。銚子。中盤。圓座。ひぢをりたる廊。竹王繪かきたる火桶。

(二一二段)

ものへ行く道に、清げなる男の、竪文のほそやかなる持ちて急ぎ行くこそ、何地ならんとおぼゆれ。又清げなる童女などの、袙いと鮮かにはあらず、萎えばみたる、屐子のつややかなるが、革に土多くついたるをはきて、白き紙に包みたる物、もしは箱の蓋に、草紙どもなど入れて持て行くこそ、いみじう、呼び寄せて見まほしけれ。

門ぢかなる所をわたるを、呼び入るるに、愛敬なく答もせで往く者は、つかふらん人こそ推しはからるれ。

(二一三段)

行幸はめでたきもの、上達部、公だち車などのなきぞ少しさうざうしき。

(二一四段)

よろづの事よりも、わびしげなる車に、裝束わろくて物見る人、いともどかし。説經などはいとよし。罪うしなふかたの事なれば。それだに猶あながちなるさまにて、見苦しかるべきを、まして祭などは、見でありぬべし。下簾もなくて、白きひとへうち垂れなどしてあめりかし。唯その日の料にとて、車も下簾もしたてて、いと口をしうはあらじと出でたるだに、まさる車など見つけては、何しになど覺ゆるものを、ましていかばかりなる心地にて、さて見るらん。おりのぼりありく公達の車の、推し分けて近う立つ時などこそ、心ときめきはすれ。

よき所に立てんといそがせば、疾く出でて待つほどいと久しきに、居張り立ちあがりなど、あつく苦しく、まち困ずる程に、齋院の垣下に參りたる殿上人、所の衆、辨、少納言など、七つ八つ引きつづけて、院のかたより走らせてくるこそ、事なりにけりと驚かれて、嬉しけれ。

殿上人の物言ひおこせ、所々の御前どもに水飯くはすとて、棧敷のもとに馬ひき寄するに、おぼえある人の子どもなどは、雜色などおりて、馬の口などしてをかし。さらぬものの、見もいれられぬなどぞ、いとほしげなる。

御輿の渡らせ給へば、簾もあるかぎり取りおろし、過ぎさせ給ひぬるに、まどひあぐるもをかし。その前に立てる車は、いみじう制するに、などて立つまじきぞと、強ひて立つれば、いひわづらひて、消息などするこそをかしけれ。所もなく立ち重りたるに、よき所の御車、人給ひきつづきて多くくるを、いづくに立たんと見る程に、御前ども唯おりに下りて、立てる車どもを唯のけに退けさせて、人給つづきて立てるこそ、いとめでたけれ。逐ひのけられたるえせ車ども、牛かけて、所あるかたにゆるがしもて行くなど、いとわびしげなり。きらきらしきなどをば、えさしも推しひしがずかし。

いと清げなれど、又ひなび怪しく、げすも絶えず呼びよせ、ちご出しすゑなどするもあるぞかし。

(二一五段)

廊に便なき人なん、曉に笠ささせて出でけるといひ出でたるを、よく聞けば我がうへなりけり。地下などいひても、めやすく、人に許されぬばかりの人にもあらざめるを、怪しの事やと思ふほどに、うへより御文もて來て、「返事只今」と仰せられたり。何事にかと思ひて見れば、大笠の繪をかきて、人は見えず、唯手のかぎり笠をとらへさせて、下に

三笠山やまの端あけしあしたより

とかかせ給へり。猶はかなき事にても、めでたくのみ覺えさせ給ふに、恥しく心づきなき事は、いかで御覽ぜられじと思ふに、さるそらごとなどの出でくるこそ苦しけれと、をかしうて、こと紙に、雨をいみじう降らせて、下に、

雨ならぬ名のふりにけるかな

さてや濡れぎぬには侍らんと啓したれば、右近内侍などにかたらせ給ひて、笑はせ給ひけり。

(二一六段)

三條の宮におはしますころ、五日の菖蒲輿など持ちてまゐり。藥玉まゐらせなどわかき人々 御匣殿など、藥玉して、姫宮若宮つけさせ奉りいとをかしき藥玉ほかよりも參らせたるに、あをさしといふものを人の持てきたるを、青き薄樣を艶なる硯の蓋に敷きて、「これませこしにさふらへば」とてまゐらせたれば、

みな人は花やてふやといそぐ日もわがこころをば君ぞ知りける

と、紙の端を引き破りて、書かせ給へるもいとめでたし。

(二一七段)

十月十餘日の月いとあかきに、ありきて物見んとて、女房十五六人ばかり、皆濃き衣をうへに著て、引きかくしつつありし中に、中納言の君の、紅の張りたるを著て、頸より髮をかいこし給へりしかば、「あたらしきぞ」とて、「よくも似たまひしかな。靱負佐」とぞわかき人々はつけたりし。後に立ちて笑ふも知らずかし。

(二一八段)

大藏卿ばかり耳とき人なし。まことに蚊の睫の落つるほども、聞きつけ給ひつべくこそありしか。職の御曹司の西おもてに住みしころ、大殿の四位少將と物いふに、側にある人、この少將に、扇の繪の事いへとさざめけば、「今かの君立ち給ひなんにを」と密にいひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「何とか何とか」と耳をかたぶくるに、手をうちて、「にくし、さのたまはば今日はたたじ」とのたまふこそ、いかで聞き給ひつらんと、あさましかりしか。

(二一九段)

硯きたなげに塵ばみ、墨の片つかたにしどけなくすりひらめかし、勞多きになりたるが、ささしなどしたるこそ心もとなしと覺ゆれ。萬の調度はさるものにて、女は鏡硯こそ心のほど見ゆるなンめれ。おきぐちのはざめに、塵ゐなど打ち捨てたるさま、こよなしかし。男はまして文机清げに押し拭ひて、重ねならずば、ふたつ懸子の硯のいとつきづきしう、蒔繪のさまもわざとならねどをかしうて、墨筆のさまなども、人の目とむばかりしたてたるこそ、をかしけれ。とあれどかかれどおなじ事とて、黒箱の蓋も片方おちたる硯、わづかに墨のゐたる、塵のこの世には拂ひがたげなるに、水うち流して、青 磁の龜の口おちて、首のかぎり穴のほど見えて、人わろきなども、つれなく人の前にさし出づかし。

(二二〇段)

人の硯を引き寄せて、手ならひをも文をも書くに、「その筆な使ひたまひそ」と言はれたらんこそ、いとわびしかるべけれ。うち置かんも人わろし、猶つかふもあやにくなり。さ覺ゆることも知りたれば、人の爲るもいはで見るに、手などよくもあらぬ人の、さすがに物かかまほしうするが、いとよくつかひかためたる筆を、あやしのやうに、水がちにさしぬらして、こはものややりと、假名に細櫃の蓋などに書きちらして、横ざまに投げ置きたれば、水に頭はさし入れてふせるも、にくき事ぞかし。されどさいはんやは。人の前に居たるに「あなくら、奧より給へ」といひたるこそ、又わびしけれ。さしのぞきたるを見つけては、驚きいはれたるも。思ふ人の事にはあらずかし。

(二二一段)

めづらしといふべきことにはあらねど、文こそ猶めでたきものなれ。遥なる世界にある人の、いみじくおぼつかなく、いかならんと思ふに、文を見れば、唯今さし向ひたるやうにおぼゆる、いみじきことなりかし。わが思ふ事を書き遣りつれば、あしこまでも行 きつかざらめど、こころゆく心地こそすれ。文といふ事なからましかば、いかにいぶせく、くれふたがる心地せまし。よろづの事思ひ/\て、その人の許へとて こま%\と書きて置きつれば、おぼつかなさをも慰む心地するに、まして返事見つれば、命を延ぶべかンめる、實にことわりにや。

(二二二段)

川は  飛鳥川、淵瀬さだめなくはかなからむといとあはれなり。大井川。泉川。水無瀬川。

耳敏川、また何事をさしもさかしく聞きけんとをかし。音無川、思はずなる名とをかしきなり。細谷川。玉星川。貫川、澤田川、催馬樂などのおもひはするなるべし。

なのりその川。名取川もいかなる名を取りたるにかと聞かまほし。吉野川。あまの川、このしたにもあるなり。七夕つめに宿からんと業平が詠みけんも、ましてをかし。

(二二三段)

むまや(駅)は  梨原。ひくれの驛。望月の驛。野口の驛。やまの驛、あはれなる事を聞き置きたりしに、又あはれなる事のありしかば、なほ取りあつめてあはれなり。

(二二四段)

岡は  船岡。片岡。靹岡は笹の生ひたるがをかしきなり。かたらひの岡。人見の岡。

(二二五段)

社(やしろ)は  布留の社。活田の社。龍田の社。はなふちの社。美久理の社。杉の御社、しるしあらんとをかし。

任事の明神いとたのもし。さのみ聞きけんとやいはれ給はんと思ふぞいとをかしき。

蟻通の明神、貫之が馬のわづらひけるに、この明神のやませ給ふとて、歌よみて奉りけんに、やめ給ひけん、いとをかし。

この蟻通とつけたる意は、まことにやあらん、昔おはしましける帝の、唯若き人をのみ思しめして、四十になりぬるをば、失はせ給ひければ、他の國の遠きに往きかくれなどして、更に都のうちにさる者なかりけるに、中將なりける人の、いみじき時の人にて、心なども賢かりけるが、七十ちかき親ふたりをもたりけるが、かう四十をだに制あるに、ましていとおそろしと懼ぢ騒ぐを、いみじう孝ある人にて、遠き所には更に住ませじ、一日に一度見ではえあるまじとて、密によるよる家の内の土を掘りて、その内に屋を建てて、それに籠めすゑて、往きつつ見る。

おほやけにも人にも、うせ隱れたるよしを知らせてあり。などてか、家にいり居たらん人をば、知らでもおはせかし、うたてありける世にこそ親は上達部などにやありけん、中將など子にてもたりけんは。いと心かしこく、萬の事知りたりければ、この中將若けれど、才あり、いたり賢くして、時の人に思すなりけり。

唐土の帝、この國の帝を、いかで謀りて、この國うち取らむとて、常にこころみ、爭事をしておくり給ひけるに、つやつやと、まろに、美しげに削りたる木の二尺ばかりあるを、「これが本末いづかたぞ」と問ひ奉りたるに、すべて知るべきやうなければ、帝思しめし煩ひたるに、いとほしくて、親の許に行きて、かうかうの事なんあるといへば、「只はやからん川に立ちながら、横ざまに投げ入れ見んに、かへりて流れん方を、末と記してつかはせ」と教ふ。

參りて我しり顏にして、「こころみ侍らん」とて、人々具して投げ入れたるに、さきにして行くかたに印をつけて遣したれば、實にさなりけり。

又二尺ばかりなる蛇の同じやうなるを、「これはいづれか雄雌」とて奉れり。又更に人え知らず。例の中將行きて問へば、「二つをならべて、尾のかたに細きすばえをさしよせんに、尾はたらかさんを雌と知れ」といひければ、やがてそれを内裏のうちにてさ爲ければ、實に一つは動さず、一つは動しけるに、又しるしつけて遣しけり。

ほど久しうて、七曲にわだかまりたる玉の中通りて、左右に口あきたるが小さきを奉りて、「これに緒通してたまはらん、この國に皆し侍ることなり」とて奉りたるに、いみじからん物の上手不用ならん。そこらの上達部より始めて、ありとある人知らずといふに、又いきて、かくなんといへば、「大きなる蟻を二つ捕へて、腰に細き糸をつけ、又それに今少しふときをつけて、あなたの口に蜜を塗りて見よ」といひければ、さ申して、蟻を入れたりけるに、蜜の香を嗅ぎて、實にいと疾う穴のあなた口に出でにけり。さてその糸の貫かれたるを遣したりける後になん、なほ日本はかしこかりけりとて、後々はさる事もせざりけり。

この中將をいみじき人に思しめして、「何事をし、いかなる位をか賜はるべき」と仰せられければ、「更に官位をも賜はらじ、唯老いたる父母の隱れうせて侍るを尋ねて、都にすますることを許させ給へ」と申しければ、「いみじうやすき事」とて許されにければ、よろづの人の親これを聞きて、よろこぶ事いみじかりけり。中將は大臣までになさせ給ひてなんありける。

さてその人の神になりたるにやあらん、この明神の許へ詣でたりける人に、夜現れてのたまひける。

七曲にまがれる玉の緒をぬきてありとほしとも知らずやあるらん

とのたまひけると、人のかたりし。

(二二六段)

ふるものは  雪。霰。霙はにくけれど、雪の眞白にてまじりたるをかし。雪は檜皮葺いとめでたし。少し消えがたになりたるほど、又いと多うは降らぬが、瓦の目ごとに入りて、黒う眞白に見えたる、いとをかし。

時雨。霰は板屋。霜も板屋。庭。

(二二七段)

日は  入日、入りはてぬる山際に、ひかりの猶とまりて、赤う見ゆるに、うす黄ばみたる雲のたなびきたる、いとあはれなり。

(二二八段)

月は  有明。東の山の端に、ほそうて出づるほどあはれなり。

(二二九段)

星は  昂星(すばる)。牽牛(=彦星(ひこぼし))。明星。長庚。流星をだになからましかば、まして(=まいて)。

(二三〇段)

雲は  しろき。むらさき。黒き雲あはれなり。風吹くをりの天雲。明け離るるほどの黒き雲の、やうやう白くなりゆくもいとをかし。朝にさる色とかや、文にも作りけり。月のいと明き面に、薄き雲いとあはれなり。

(二三一段)

さわがしきもの  はしり火。板屋のうへにて、烏の齋の産飯くふ。

十八日清水に籠りあひたる。くらうなりて、まだ火もともさぬほどに、外々より人の來集りたる。まして遠き所、他國などより家の主ののぼりたる、いと騒がし。

近き程に火出で來ぬといふ、されど燃えは附かざりける。物見はてて車のかへり騒ぐほど。

(二三二段)

ないがしろなるもの  女官どもの髮あげたるすがた。唐繪の革の帶のうしろ。聖僧の擧動。

(二三三段)

ことばなめげなるもの  宮のめの祭文よむ人。舟こぐものども。雷鳴の陣の舎人。相撲。

(二三四段)

さかしきもの  今やうの三年子(みとせご)。

兒の祈、祓などする女ども。物の具こひ出でて、いのりの物どもつくるに、紙あまたおし重ねて、いと鈍き刀してきるさま、ひとへだに斷つべくも見えぬに、さる物の具となりにければ、おのが口をさへ引きゆがめておし、切目おほかるものどもしてかけ、竹うち切りなどして、いとかうがうしうしたてて、うちふるひ、祈る事どもいとさかし。かつは「何の宮のその殿の若君、いみじうおはせしを、かいのごひたるやうにやめ奉りしかば、禄多く賜はりし事、その人々召したりけれど、しるしもなかりければ、今に女をなん召す。御徳を見ること」など語るもをかし。

げす(下衆)の家の女あるじ。しれたるものそひしもをかし。まことに賢しき人を、教へなどすべし。

(二三五段)

上達部は  春宮大夫(とうぐうのだいぶ)。左右の大將。權大納言(ごんだいなごん)。權中納言。宰相中將。三位の中將。東宮權大夫。侍從宰相。

(二三六段)

公達は  頭辨。頭中將。權中將。四位少將。藏人辨。藏人少納言。春宮亮。藏人兵衞佐。

(二三七段)

法師は  律師(りし)。内供(ないぐ)。

(二三八段)

女は  典侍。掌侍。

(二三九段)

宮仕所(みやづかえどころ)は 内(うち)。后宮。その御腹の姫君。一品(いっぽん)の宮。齋院は罪深けれどをかし。ましてこのころはめでたし。春宮の御母女御。

(二四〇段)
にくきもの、乳母(めのと)の男こそあれ、女はされど近くも寄らねばよし。男子をば、ただわが物にして、立ちそひ領じてうしろみ、いささかもこの御事に違ふものをば讒し、人をば人とも思ひたらず、怪しけれど、これがとがを心に任せていふ人もなければ、處得いみじきおももちして、事を行ひなどするよ。

(二四一段)

小一條院をば、今内裏とぞいふ。おはします殿は清涼殿にて、その北なる殿におはします。西東はわたどのにて渡らせ給ふ。常に參うのぼらせ給ふ。おまへはつぼなれば、前栽などうゑ、笆ゆひていとをかし。

二月十日の日の、うらうらとのどかに照りたるに、わたどのの西の廂にて、うへの御笛ふかせ給ふ。高遠の大貳、御笛の師にて物し給ふを、異笛ふたつして、高砂ををりかへし吹かせ給へば、猶いみじうめでたしと言ふもよのつねなり。御笛の師にて、そのことどもなど申し給ふ、いとめでたし。御簾のもとに集り出でて見奉るをりなどは、わが身に芹つみしなど覺ゆることこそなけれ。すけただは木工允にて藏人にはなりにたる。

いみじう荒々しうあれば、殿上人女房は、あらわにとぞつけたるを、歌につくりて、「さうなしのぬし、尾張人の種にぞありける」とうたふは、尾張の兼時が女の腹なりけり。これを笛に吹かせ給ふを、添ひ侍ひて、「なほたかう吹かせおはしませ、え聞きさふらはじ」と申せば、「いかでか、さりとも聞き知りなん」とて密にのみ吹かせ給ふを、あなたより渡らせおはしまして、「このものなかりけり、只今こそふかめ」と仰せられて吹かせたまふ。いみじうをかし。

(二四二段)

身をかへたらん人などはかくやあらんと見ゆるもの
ただの女房にて侍る人の、御乳母になりたる。唐衣も著ず、裳をだに用意なく、白衣にて御前に添ひ臥して、御帳のうちを居所にして、女房どもを呼びつかひ、局に物いひやり、文とりつがせなどしてあるさまよ。言ひ盡すべくだにあらず。

雜色の藏人になりたるめでたし。去年の霜月の臨時の祭に御琴もたりし人とも見えず。君達に連れてありくは、いづくなりし人ぞとこそおぼゆれ。外よりなりたるなどは、おなじ事なれどさしもおぼえず。

(二四三段)

雪たかう降りて、今もなほふるに、五位も四位も、色うるはしう若やかなるが、袍の色いと清らにて、革の帶のかたつきたるを、宿直すがたにひきはこえて、紫の指貫も、雪に映えて、濃さ勝りたるを著て、袙の紅ならずば、おどろおどろしき山吹を出して、傘をさしたるに、風のいたく吹きて、横ざまに雪を吹きかくれば、少し傾きて歩みくる、深沓半靴などのきはまで、雪のいと白くかかりたるこそをかしけれ。

(二四四段)

廊の遣戸をいと疾う押しあけたれば、御湯殿の馬道よりおりてくる殿上人の、萎えたる直衣指貫の、いたくほころびたれば、いろいろの衣どもの、こぼれ出でたるを、押し入れなどして、北の陣のかたざまに歩み行くに、あきたる遣戸の前を過ぐとて、纓をひきこして、顏にふたぎて過ぎぬるもをかし。

(二四五段)

ただすぎにすぐるもの  帆をあげたる舟。人のよはひ。春夏秋冬。

(二四六段)

ことに人にしられぬもの  人の女親の老いたる。凶會日(くえにち)。

(二四七段)

五六月の夕かた、青き草を細う麗しくきりて、赤衣著たる子兒の、ちひさき笠を著て、左右にいと多くもちてゆくこそ、すずろにをかしけれ。

(二四八段)

賀茂へ詣づる道に、女どもの、新しき折敷のやうなるものを笠にきて、いと多くたてりて、歌をうたひ、起き伏すやうに見えて、唯何すともなく、うしろざまに行くは、いかなるにかあらん、をかしと見る程に、郭公をいとなめくうたふ聲ぞ心憂き。「ほととぎすよ、おれよ、かやつよ、おれなきてぞ、われは田にたつ」とうたふに、聞きも果てずいかなりし人か いたくなきてぞといひけん。「なかだかわらはおひ、いかでおどす人」と。鶯に郭公は劣れるといふ人こそ、いとつらう憎くけれ。鶯は夜なかぬいとわろし。すべて夜なくものはめでたし。兒どもぞはめでたからぬ。

(二四九段)

八月晦日がたに、太秦にまうづとて見れば、穗に出でたる田に、人多くてさわぐ。稻刈るなりけり。早苗とりしか、いつの間にとはまこと。實にさいつごろ賀茂に詣づとて見しが、哀にもなりにけるかな。これは女もまじらず、男の片手に、いと赤き稻の、もとは青きを刈りもちて、刀か何にあらん、もとを切るさまのやすげに、めでたき事にいとせまほしく見ゆるや。いかでさすらん、穗をうへにて竝み居る、いとをかしう見ゆ。庵のさまことなり。

(二五〇段)

いみじくきたなきもの  蚰蝓(なめくじ)。えせ板敷の箒。殿上のがうし(合子)。

(二五一段)

せめておそろしきもの  夜鳴る神。近き隣に盗人の入りたる。わが住む所に入りたるは、唯物もおぼえねば、何とも知らず。

(二五二段)

たのもしきもの  心地あしきころ、僧あまたして修法したる、思ふ人の心地あしきころ、眞にたのもしき人の言ひ慰めたのめたる。物おそろしき折の親どものかたはら。

(二五三段)

いみじうしたてて壻取りたるに、いとほどなくすまぬ壻の、さるべき所などにて舅に逢ひたる、いとほしとや思ふらん。

ある人の、いみじう時に逢ひたる人の壻になりて、一月もはかばかしうも來で止みにしかば、すべていみじう言ひ騒ぎ、乳母などやうの者は、まがまがしき事どもいふもあるに、そのかへる年の正月に藏人になりぬ。「あさましうかかるなからひに、いかでとこそ人は思ひためれ」など言ひあつかふは聞くらんかし。

六月に、人の八講し給ひし所に、人々集りて聞くに、この藏人になれる壻の、綾のうへの袴、蘇芳襲、黒半臂などいみじう鮮かにて、忘れにし人の車のとみのをに、半臂の緒ひきかけつばかりにて居たりしを、いかに見るらんと、車の人々も、知りたる限はいとほしがりしを、他人どもも、「つれなく居たりしものかな」など後にもいひき。

なほ男は物のいとほしさ、人の思はんことは知らぬなめり。

(二五四段)

うれしきもの  まだ見ぬ物語の多かる。又一つを見て、いみじうゆかしう覺ゆる物語の、二つ見つけたる。心おとりするやうもありかし。人のやり捨てたる文を見るに、同じつづき數多見つけたる。いかならんと夢を見て、恐しと胸つぶるるに、ことにもあらず合せなどしたる、いとうれし。

よき人の御前に、人々數多侍ふ折に、昔ありける事にもあれ、今聞しめし、世にいひける事にもあれ、かたらせ給ふを、われに御覽じ合せてのたまはせ、いひきかせ給へる、いとうれし。遠き所は更なり、おなじ都の内ながら、身にやんごとなく思ふ人の惱むを聞きて、いかにいかにと覺束なく歎くに、おこたりたる消息得たるもうれし。

思ふ人の、人にも譽められ、やんごとなき人などの、口をしからぬものに思しのたまふものの折、もしは人と言ひかはしたる歌の聞えてほめられ、うちききなどに譽めらるる、みづからのうへには、まだ知らぬ事なれど、猶思ひやらるるよ。いたううち解けたらぬ人のいひたる古き事の知らぬを、聞き出でたるもうれし。後に物の中などにて、見つけたるはをかしう、唯これにこそありけれと、かのいひたりし人ぞをかしき。

檀紙、白き色紙、ただのも、白う清きは得たるもうれし。恥しき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、われながらうれし。常にはおぼゆる事も、又人の問ふには、清く忘れて止みぬる折ぞ多かる。頓に物もとむるに、見出でたる。只今見るべき文などを、もとめ失ひて、萬の物をかへすがえす見たるに、捜し出でたる、いとうれし。

物あはせ、何くれと挑むことに勝ちたる、いかでか嬉しからざらん。又いみじうわれはと思ひて、したりがほなる人はかり得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。これがたうは必せんずらんと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬやうにて、たゆめ過すもをかし。にくき者のあしきめ見るも、罪は得らんと思ひながらうれし。

指櫛むすばせて、をかしげなるも又うれし。

思ふ人は、我身よりも勝りてうれし。

御前に人々所もなく居たるに、今のぼりたれば、少し遠き柱のもとなどに居たるを、御覽じつけて、「こち來」と仰せられたれば、道あけて、近く召し入れたるこそ嬉しけれ。

(二五五段)

御前に人々あまた、物仰せらるる序などにも、「世の中のはらだたしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、いづちもいづちも行きうせなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清らなる、よき筆、白き色紙、檀紙など得つれば、かくても暫時ありぬべかりけりとなん覺え侍る。また高麗縁の疊の筵、青うこまかに、縁の紋あざやかに、黒う白う見えたる、引き廣げて見れば、何か猶さらに、この世はえおもひはなつまじと、命さへ惜しくなんなる」と申せば、「いみじくはかなき事も慰むなるかな。姥捨山の月は、いかなる人の見るにか」と笑はせ給ふ。さぶらふ人も、「いみじくやすき息災のいのりかな」といふ。

さて後にほど經て、すずろなる事を思ひて、里にあるころ、めでたき紙を二十つつみに裹みて賜はせたり。仰事には、「疾く參れ」などのたまはせて、「これは聞しめし置きたる事ありしかばなん。わろかめれば、壽命經もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いとをかし。無下に思ひ忘れたりつることを、思しおかせ給へりけるは、猶ただ人にてだにをかし、ましておろかならぬ事にぞあるや。心も亂れて、啓すべきかたもなければ、ただ、

かけまくもかしこきかみのしるしには鶴のよはひになりぬべきかな

あまりにやと啓せさせ給へとてまゐらせつ。臺盤所の雜仕ぞ、御使には來たる。青き單衣などぞ取らせて。まことにこの紙を、草紙に作りてもてさわぐに、むつかしき事も紛るる心地して、をかしう心のうちもおぼゆ。

二月ばかりありて、赤衣著たる男の、疊を持て來て「これ」といふ。「あれは誰そ、あらはなり」など物はしたなういへば、さし置きて往ぬ。「いづこよりぞ」と問はすれば、「まかりにけり」とて取り入れたれば、殊更に御座といふ疊のさまにて、高麗などいと清らなり。心の中にはさにやあらんと思へど、猶おぼつかなきに、人ども出しもとめさすれど、うせにけり。怪しがり笑へど、使のなければいふかひなし。所たがへなどならば、おのづからも又いひに來なん。宮のほとりに案内しに參らせまほしけれど、なほ誰すずろにさるわざはせん、仰事なめりといみじうをかし。

二日ばかり音もせねば、うたがひもなく、左京の君の許に、「かかる事なんある。さる事やけしき見給ひし。忍びて有樣のたまひて、さる事見えずば、かく申したりとも、な漏し給ひそ」と言ひ遣りたるに、「いみじうかくさせ給ひし事なり。ゆめゆめまろが聞えたるとなく、後にも」とあれば、さればよと、思ひしもしるく、をかしくて、文かきて、又密に御前の高欄におかせしものは、惑ひしほどに、やがてかきおとして、御階のもとにおちにけり。

 

 

(二五六段)

關白殿、二月十日のほどに、法興院の積善寺といふ御堂にて、一切經供養せさせ給ふ。女院、宮の御前もおはしますべければ、二月朔日のほどに、二條の宮へ入らせ給ふ。夜更けてねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。

翌朝、日のうららかにさし出でたる程に起きたれば、いと白うあたらしうをかしげに作りたるに、御簾より始めて、昨日かけたるなめり。御しつらひ、獅子狛犬など、いつのほどにや入り居けんとぞをかしき。櫻の一丈ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、御階のもとにあれば、いと疾う咲きたるかな、梅こそ只今盛なめれと見ゆるは、作りたるなめり。すべて花のにほひなど、咲きたるに劣らず、いかにうるさかりけん。雨降らば、萎みなんかしと見るぞ口惜しき。小家などいふ物の多かりける所を、今作らせ給へれば、木立などの見所あるは、いまだなし。ただ宮のさまぞ、けぢかくをかしげなる。

殿渡らせ給へり。青鈍の堅紋の御指貫、櫻の直衣に、紅の御衣三つばかり、唯直衣にかさねてぞ奉りたる。御前より初めて、紅梅の濃きうすき織物、堅紋、立紋など、あるかぎり著たれば、唯ひかり滿ちて、唐衣は萌黄、柳、紅梅などもあり。

御前に居させ給ひて、物など聞えさせ給ふ。御答のあらまほしさを、里人に僅にのぞかせばやと見奉る。女房どもを御覽じ渡して、「宮に何事を思しめすらん。ここらめでたき人々を竝べすゑて御覽ずるこそ、いと羨しけれ。一人わろき人なしや、これ家々の女ぞかし。あはれなり。よくかへりみてこそさぶらはせ給はめ。さてもこの宮の御心をば、いかに知り奉りて集り參り給へるぞ。いかにいやしく物惜しみせさせ給ふ宮とて、われは生れさせ給ひしよりいみじう仕うまつれど、まだおろしの御衣一つ給はぬぞ。何かしりうごとには聞えん」などの給ふがをかしきに、みな人々笑ひぬ。「まことぞ、をこなりとてかく笑ひいまするが恥し」などの給はする程に、内裏より御使にて、式部丞某まゐれり。

御文は、大納言殿取り給ひて、殿に奉らせ給へば、ひき解きて、「いとゆかしき文かな。ゆるされ侍らばあけて見侍らん」との給はすれば怪しうとおぼいためり。「辱くもあり」とて奉らせ給へば、取らせ給ひても、ひろげさせ給ふやうにもあらず、もてなさせ給ふ、御用意などぞありがたき。すみのまより、女房茵さし出でて、三四人御几帳のもとに居たり。「あなたにまかりて、禄の事ものし侍らん」とてたたせ給ひぬる後に、御文御覽ず。御返しは紅梅の紙に書かせ給ふが、御衣のおなじ色ににほひたる、猶斯うしも推し量り參らする人はなくやあらんとぞ口をしき。

今日は殊更にとて、殿の御かたより禄は出させ給ふ。女の裝束に、紅梅の細長そへたり。肴などあれば、醉はさまほしけれど、「今日はいみじき事の行幸に、あが君許させ給へ」と大納言殿にも申して立ちぬ。

君達などいみじう假粧し給ひて、紅梅の御衣も劣らじと著給へるに、三の御前は御匣殿なり。中の姫君よりも大に見え給ひて、うへなど聞えんにぞよかめる。うへも渡らせ給へり。御几帳ひき寄せて、新しく參りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。

さし集ひて、かの日の裝束、扇などの事をいひ合するもあり。又挑みかはして、「まろは何か、唯あらんにまかせてを」などいひて、「例の君」などにくまる。夜さりまかづる人も多かり。かかる事にまかづれば、え止めさせ給はず。

うへ日々に渡り、夜もおはします。君達などおはすれば、御前人少なく候はねばいとよし。内裏の御使日々に參る。御前の櫻、色はまさらで、日などにあたりて、萎みわるうなるだにわびしきに、雨の夜降りたる翌朝、いみじうむとくなり。いと疾く起きて、「泣きて別れん顏に、心おとりこそすれ」といふを聞かせ給ひて、「げに雨のけはひしつるぞかし、いかならん」とて驚かせ給ふに、殿の御方より侍の者ども、下種など來て、數多花のもとに唯よりによりて、引き倒し取りて、「密に往きて、まだ暗からんに取れとこそ仰せられつれ、明け過ぎにけり、不便なるわざかな、疾く疾く」と倒し取るに、いとをかしくて、いはばいはなんと、兼澄が事を思ひたるにやとも、よき人ならばいはまほしけれど、「かの花盗む人は誰ぞ、あしかめり」といへば、笑ひて、いとど逃げて引きもていぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。莖どもにぬれまろがれつきて、いかに見るかひなからましと見て入りぬ。

掃殿寮まゐりて御格子まゐり、主殿の女官御きよめまゐりはてて、起きさせ給へるに、花のなければ、「あなあさまし。かの花はいづちいにける」と仰せらる。「あかつき盗人ありといふなりつるは、なほ枝などを少し折るにやとこそ聞きつれがしつるぞ。見つや」と仰せらる。「さも侍らず。いまだ暗くて、よくも見侍らざりつるを、しろみたるものの侍れば、花を折るにやと、うしろめたさに申し侍りつる」と申す。「さりともかくはいかでか取らん。殿の隱させ給へるなめり」とて笑はせ給へば、「いで、よも侍らじ。春風の爲て侍りなん」と啓するを、「かくいはんとて隱すなりけり。ぬすみにはあらで、ふりにこそふるなりつれ」と仰せらるるも、珍しき事ならねど、いみじうめでたき。

殿おはしませば、寐くたれの朝顏も、時ならずや御覽ぜんと引き入らる。おはしますままに、「かの花うせにけるは、いかにかくは盗ませしぞ、いぎたなかりける女房たちかな。知らざりけるよ」と驚かせ給へば、「されど我よりさきにとこそ思ひて侍るめりつれ」と忍びやかにいふを、いと疾く聞きつけさせ給ひて、「さ思ひつる事ぞ、世に他人いでて見つけじ、宰相とそことの程ならんと推し量りつ」とて、いみじう笑はせ給ふ。「さりげなるものを、少納言は春風におほせける」と宮の御前にうちゑませ給へる、めでたし。「虚言をおほせ侍るなり。今は山田も作るらん」とうち誦ぜさせ給へるも、いとなまめきをかし。
「さてもねたく見つけられにけるかな。さばかり誡めつるものを、人の所に、かかるしれもののあるこそ」との給はす。「春風はそらにいとをかしうも言ふかな」と誦ぜさせ給ふ。
「ただことには、うるさく思ひよりて侍りつかし。今朝のさまいかに侍らまし」とて笑はせ給ふを小若君「されどそれはいと疾く見て、雨にぬれたりなど、おもてぶせなりといひ侍りつ」と申し給へばいみじうねたからせ給ふもをかし。

さて八日九日の程にまかづるを、「今少し近うなして」など仰せらるれど、出でぬ。いみじう常よりものどかに照りたる晝つかた、「花のこころ開けたりや、いかがいふ」との給はせたれば、「秋はまだしく侍れど、よにこの度なんのぼる心地し侍る」など聞えさせつ。

出させ給ひし夜、車の次第もなく、まづまづとのり騒ぐがにくければ、さるべき人三人と、「猶この車に乘るさまのいとさわがしく、祭のかへさなどのやうに、倒れぬべく惑ふいと見ぐるし。たださはれ、乘るべき車なくてえ參らずば、おのづから聞しめしつけて賜はせてん」など笑ひ合ひて立てる前より、押し凝りて、惑ひ乘り果てて出でて、「かうか」といふに、「まだここに」と答ふれば、宮司寄り來て、「誰々かおはする」と問ひ聞きて、「いと怪しかりけることかな。今は皆乘りぬらんとこそ思ひつれ。こはなどてかくは後れさせ給へる。今は得選を乘せんとしつるに。
めづらかなるや」など驚きて寄せさすれば、「さばまづその御志ありつらん人を乘せ給ひて、次にも」といふ聲聞きつけて「けしからず腹ぎたなくおはしけり」などいへば、乘りぬ。その次には、誠にみづしが車にあれば、火もいと暗きを、笑ひて、二條の宮に參りつきたり。

御輿は疾く入らせ給ひて、皆しつらひ居させ給ひけり。
「ここに呼べ」と仰せられければ、左京、小左近などいふ若き人々、參る人ごとに見れど、なかりけり。おるるに隨ひ、四人づつ御前に參り集ひて侍ふに、「いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限おりはててぞ、辛うじて見つけられて、「かばかり仰せらるるには、などかくおそく」とて率ゐて參るに、見れば、いつの間に、かうは年ごろの住居のさまに、おはしましつきたるにかとをかし。
「いかなれば、かう何かと尋ぬばかりは見えざりつるぞ」と仰せらるるに、とかくも申さねば、諸共に乘りたる人、「いとわりなし。さいはての車に侍らん人は、いかでか疾くは參り侍らん。これもほとほとえ乘るまじく侍りつるを、みづしがいとほしがりて、ゆづり侍りつるなり。暗う侍りつる事こそ、わびしう侍りつれ」と笑ふ笑ふ啓するに、「行事するもののいとあやしきなり。又などかは心知らざらん者こそつつまめ、右衞門などはいへかしなど仰せらる。
「されどいかでか走りさきだち侍らん」などいふも、かたへの人、にくしと聞くらんと聞ゆ。「さまあしうて、かく乘りたらんもかしこかるべき事かは。定めたらんさまの、やんごとなからんこそよからめ」とものしげに思し召したり。「おり侍るほどの待遠に、苦しきによりてにや」とぞ申しなほす。

御經のことに、明日渡らせおはしまさんとて、今宵參りたり。南院の北面にさしのぞきたれば、たかつきどもに火をともして、二人三人四人、さるべきどち、屏風引き隔てつるもあり、几帳中にへだてたるもあり。又さらでも集ひ居て、衣ども閉ぢ重ね、裳の腰さし、假粧ずるさまは、更にもいはず、髮などいふものは、明日より後はありがたげにぞ見ゆる。「寅の時になん渡らせ給ふべかなる。などか今まで參り給はざりつる。扇もたせて、尋ね聞ゆる人ありつ」など告ぐ。

「まて、實に寅の時か」とさうぞき立ちてあるに、明け過ぎ、日もさし出でぬ。西の對の唐廂になん、さし寄せて乘るべきとて、あるかぎり渡殿へ行く程に、まだうひうひしきほどなる今參どもは、いとつつましげなるに、西の對に殿すませ給へば、宮にもそこにおはしまして、まづ女房車に乘せさせ給ふを御覽ずとて、御簾の中に、宮、淑景舎、三四の君、殿のうへ、その御弟三所、立ち竝みておはします。

車の左右に、大納言、三位中將二所して、簾うちあげ、下簾ひきあげて乘せ給ふ。皆うち群れてだにあらば、隱れ所やあらん。四人づつ書立に隨ひて、それそれと呼び立てて、乘せられ奉り、歩み行く心地、いみじう實にあさましう、顯證なりとも世の常なり。御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の見ぐるしと御覽ぜんは、更にわびしき事かぎりなし。身より汗のあゆれば、繕ひ立てたる髮などもあがりやすらんと覺ゆ。辛うじて過ぎたれば、車のもとに、いみじう恥しげに、清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふも現ならず。されど倒れず、そこまでは往き著きぬるこそ、かしこき顏もなきかと覺ゆれど、

皆乘りはてぬれば、引き出でて、二條の大路に榻立てて、物見車のやうにて立ち竝べたる、いとをかし。人もさ見るらんかしと、心ときめきせらる。四位五位六位など、いみじう多う出で入り、車のもとに來て、つくろひ物いひなどす。

まづ院の御むかへに、殿を始め奉りて、殿上と地下と皆參りぬ。それ渡らせ給ひて後、宮は出させ給ふべしとあれば、いと心もとなしと思ふほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめに十五、四つは尼の車、一の御車は唐の車なり。それに續きて尼の車、後口より水精の珠數、薄墨の袈裟衣などいみじくて、簾はあげず。下簾も薄色の裾少し濃き。次にただの女房の十、櫻の唐衣、薄色の裳、紅をおしわたし、かとりの表著ども、いみじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は淺緑に霞み渡るに、女房の裝束の匂ひあひて、いみじき織物のいろいろの唐衣などよりも、なまめかしう、をかしき事限なし。

關白殿、その御次の殿ばら、おはする限もてかしづき奉らせ給ふ、いみじうめでたし。これら見奉り騒ぐ、この車どもの二十立ち竝べたるも、又をかしと見ゆらんかし。

いつしか出でさせ給はばなど、待ち聞えさするに、いと久し。いかならんと心もとなく思ふに、辛うじて、采女八人馬に乘せて引き出づめり。青末濃の裳、裙帶、領巾などの風に吹きやられたる、いとをかし。豐前といふ采女は、典藥頭重正が知る人なり。葡萄染の織物の指貫を著たれば、いと心ことなり。「重正は色許されにけり」と山の井の大納言は笑ひ給ひて、皆乘り續きて立てるに、今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたしと見え奉りつる御有樣に、これは比ぶべからざりけり。朝日はなばなとさしあがる程に、木の葉のいと花やかに輝きて、御輿の帷子の色艶などさへぞいみじき。御綱はりて出でさせ給ふ。御輿の帷子のうちゆるぎたるほど、實に頭の毛など、人のいふは更に虚言ならず。
さて後に髮あしからん人もかこちつべし。あさましう、いつくしう、猶いかでかかる御前に馴れ仕うまつらんと、わが身もかしこうぞ覺ゆる。御輿過ぎさせ給ふほど、車の榻ども、人給にかきおろしたりつる、また牛どもかけて、御輿の後につづきたる心地の、めでたう興あるありさま、いふかたなし。

おはしましつきたれば、大門のもとに高麗唐土の樂して、獅子狛犬をどり舞ひ、笙の音、鼓の聲に物もおぼえず。
こはいづくの佛の御國などに來にけるにかあらんと、空に響きのぼるやうにおぼゆ。

内に入りぬれば、いろいろの錦のあげばりに、御簾いと青くてかけ渡し、屏幔など引きたるほど、なべてただにこの世とおぼえず。御棧敷にさし寄せたれば、又この殿ばら立ち給ひて、「疾くおりよ」との給ふ。乘りつる所だにありつるを、今少しあかう顯證なるに、大納言殿、いとものものしく清げにて、御下襲のしりいと長く所せげにて、簾うちあげて、「はや」とのたまふ。つくろひそへたる髮も、唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらん。色の黒さ赤ささへ見わかれぬべき程なるが、いとわびしければ、ふとも得降りず。「まづ後なるこそは」などいふほども、それも同じこころにや、「退かせ給へ、かたじけなし」などいふ。
「恥ぢ給ふかな」と笑ひて、立ちかへり、辛うじておりぬれば、寄りおはして、「むねたかなどに見せで、隱しておろせと、宮の仰せらるれば來たるに、思ひぐまなき」とて、引きおろして率て參り給ふ。さ聞えさせ給ひつらんと思ふもかたじけなし。參りたれば、初おりける人どもの、物の見えぬべき端に、八人ばかり出で居にけり。一尺と二尺ばかりの高さの長押のうへにおはします。ここに立ち隱して、「率て參りたり」と申し給へば、「いづら」とて几帳のこなたに出でさせ給へり。
まだ唐の御衣裳奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御衣よろしからんや、中に唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重の御衣に、赤色の唐の御衣、地摺の唐の羅に、象眼重ねたる御裳など奉りたり。織物の色、更になべて似るべきやうなし。

「我をばいかが見る」と仰せらる。「いみじうなん候ひつる」なども、言に出でてはよのつねにのみこそ。「久しうやありつる。それは殿の大夫の、院の御供にきて、人に見えぬる、おなじ下襲ながら、宮の御供にあらん、わろしと人思ひなんとて、殊に下襲ぬはせ給ひけるほどに、遲きなりけり。いとすき給へり」などとうち笑はせ給へる、いとあきらかに晴れたる所は、今少しけざやかにめでたう、御額あげさせ給へる釵子に、御分目の御髮の聊よりて、著く見えさせ給ふなどさへぞ、聞えんかたなき。

三尺の御几帳一雙をさしちがへて、こなたの隔にはして、その後には、疊一枚を、長ざまに縁をして、長押の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御伯父の兵衞督忠君と聞えけるが御女、宰相の君とは、富小路の左大臣の御孫、それ二人ぞうへに居て見え給ふ。御覽じわたして、「宰相はあなたに居て、うへ人どもの居たる所、往きて見よ」と仰せらるるに、心得て、「ここに三人いとよく見侍りぬべし」と申せば、「さば」とて召し上げさせ給へば、しもに居たる人々、「殿上許さるる内舎人なめりと笑はせんと思へるか」といへば、「うまさへのほどぞ」などいへば、そこに入り居て見るは、いとおもだたし。

かかる事などをみづからいふは、ふきがたりにもあり、また君の御ためにも輕々しう、かばかりの人をさへ思しけんなど、おのづから物しり、世の中もどきなどする人は、あいなく畏き御事にかかりて、かたじけなけれど、あな辱き事などは、又いかがは。誠に身の程過ぎたる事もありぬべし。

院の御棧敷、所々の棧敷ども見渡したる、めでたし。殿はまづ院の御棧敷に參り給ひて、暫時ありてここに參り給へり。大納言二所、三位中將は陣近う參りけるままにて、調度を負ひて、いとつきづきしうをかしうておはす。殿上人、四位五位、こちたううち連れて、御供に侍ひ竝み居たり。

入らせ給ひて見奉らせ給ふに、女房あるかぎり、裳、唐衣、御匣殿まで著給へり。殿のうへは、裳のうへに小袿をぞ著給へる。「繪に書きたるやうなる御さまどもかな。今いらい今日はと申し給ひそ。三四の君の御裳ぬがせ給へ。
この中の主君には、御前こそおはしませ。御棧敷の前に陣をすゑさせ給へるは、おぼろけのことか」とてうち泣かせ給ふ。實にと、見る人も涙ぐましきに、赤色櫻の五重の唐衣を著たるを御覽じて、「法服ひとくだり足らざりつるを、俄にまとひしつるに、これをこそかり申すべかりけれ。さらばもし又、さやうの物を切り調めたるに」との給はするに、又笑ひぬ。大納言殿少し退き居給へるが、聞き給ひて、「清僧都のにやあらん」との給ふ。一言としてをかしからぬ事ぞなきや。

僧都の君、赤色の羅の御衣、紫の袈裟、いと薄き色の御衣ども、指貫著たまひて、菩薩の御樣にて、女房にまじりありき給ふもいとをかし。「僧綱の中に、威儀具足してもおはしまさで、見ぐるしう女房の中に」など笑ふ。

父の大納言殿、御前より松君率て奉る。葡萄染の織物の直衣、濃き綾のうちたる、紅梅の織物など著給へり。例の四位五位いと多かり。御棧敷に女房の中に入れ奉る。何事のあやまりにか、泣きののしり給ふさへいとはえばえし。

事始りて、一切經を、蓮の花のあかきに、一花づつに入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下六位、何くれまでもて渡る、いみじうたふとし。大行道導師まゐり、囘向しばし待ちて舞などする、日ぐらし見るに、目もたゆく苦しう。
うちの御使に、五位の藏人まゐりたり。御棧敷の前に胡床立てて居たるなど、實にぞ猶めでたき。

夜さりつかた、式部丞則理まゐりたり。「やがて夜さり入らせ給ふべし。御供に侍へと、宣旨侍りつ」とて歸りも參らず。宮は「なほ歸りて後に」との給はすれども、また藏人の辨まゐりて、殿にも御消息あれば、唯「仰のまま」とて、入らせ給ひなどす。院の御棧敷より、千賀の鹽竈などのやうの御消息、をかしき物など持て參り通ひたるなどもめでたし。

事はてて院還らせ給ふ。院司上達部など、このたびはかたへぞ仕う奉り給ひける。

宮は内裏へ入らせ給ひぬるも知らず、女房の從者どもは、「二條の宮にぞおはしまさん」とて、そこに皆往き居て、待てど待てど見えぬ程に、夜いたう更けぬ。内裏には宿直物持て來らんと待つに、きよく見えず。あざやかなる衣の、身にもつかぬを著て、寒きままに、にくみ腹立てどかひなし。翌朝きたるを、「いかにかく心なきぞ」などいへば、となふる如もさ言はれたり。

又の日雨降りたるを、殿は「これになん、わが宿世は見え侍りぬる。いかが御覽ずる」と聞えさせ給ふ。御心おちゐ理なり。

(二五七段)

たふときもの  九條錫杖(くじょうのしゃくじょう)。念佛の囘向。

(二五八段)

歌は  杉たてる門。神樂歌もをかし。今樣はながくてくせづきたる。風俗よくうたひたる。

(二五九段)

指貫(さしぬき)は  紫の濃き。萌黄。夏は二藍。いと暑き頃、夏蟲の色したるもすずしげなり。

(二六〇段)

狩衣(かりぎぬ)は  香染のうすき。白きふくさの赤色。松の葉いろしたる。青葉。さくら。やなぎ。又あをき。ふぢ。男は何色のきぬも。

(二六一段)

単衣(ひとへ)は  白き。ひの裝束の紅のひとへ。袙などかりそめに著たるはよし。されどなほ色きばみた る單など著たるは、いと心づきなし。練色のきぬも著たれど、なほ單は白うてぞ、男も女もよろづの事まさりてこそ。

(二六二段)

男も女もよろづの事まさりてわろきもの  詞(ことば)の文字あやしくつかひたるこそあれ。ただ文字一つに、あやしくも、あてにも、いやしくもなるは、いかなるにかあらん。さるはかう思ふ人、萬の事に勝れてもえあらじかし。いづれを善き惡しきとは知るにかあらん。さりとも人を知らじ、唯さうち覺ゆるもいふめり。
難義の事をいひて、「その事させんとす」といはんといふを、と文字をうしなひて、唯「いはんずる」「里へ出でんずる」などいへば、やがていとわろし。まして文を書きては、いふべきにもあらず。物語こそあしう書きなどすれば、いひがひなく、作者さへいとほしけれ。「なほす」「定本のまま」など書きつけたる、いと口惜し。「祕點つくるまに」などいふ人もありき。「もとむ」といふ事を「見ん」と皆いふめり。いと怪しき事を、男などは、わざとつくろはで、殊更にいふはあしからず。わが詞にもてつけていふが、心 おとりする事なり。

(二六三段)

下襲(したがさね)は  冬は躑躅、掻練襲、蘇枋襲。夏は二藍、白襲。

(二六四段)

扇の骨は  青色はあかき、むらさきはみどり。

(二六五段)

檜扇は  無紋。から繪。

(二六六段)

神は  松尾。八幡、この國の帝にておはしましけんこそいとめでたけれ。行幸などに、なぎの花の御輿に奉るなど、いとめでたし。大原野。賀茂は更なり。稻荷。春日いとめでたく覺えさせ給ふ。佐保殿などいふ名さへをかし。

平野はいたづらなる屋ありしを、「ここは何する所ぞ」と問ひしかば、「神輿宿」といひしもめでたし。嚴籬に蔦などの多くかかりて、紅葉のいろいろありし、秋にはあへずと、貫之が歌おもひ出でられて、つくづくと久しうたたれたりし。水分神いとをかし。

(二六七段)

崎は  唐崎。いかが崎。三保が崎。

(二六八段)

屋は  丸屋。四阿屋(あずまや=東屋)。

(二六九段)

時奏するいみじうをかし。いみじう寒きに、夜中ばかりなどに、こほこほとごほめき、沓すり來て、弦うちなどして、「何家の某、時丑三つ、子四つ」など、あてはかなる聲にいひて、時の杭さす音などいみじうをかし。子九つ、丑八つなどこそ、さとびたる人はいへ、すべて何も何も、四つのみぞ杭はさしける。

(二七〇段)

日のうらうらとある晝つかた、いたう夜ふけて、子の時など思ひ參らするほどに、男ども召したるこそ、いみじうをかしけれ。夜中ばかりに、また御笛の聞えたる、いみじうめでたし。

(二七一段)

成信の中將は、入道兵部卿の宮の御子にて、かたちいとをかしげに、心ばへもいとをかしうおはす。伊豫守兼輔がむすめの忘られて、伊豫へ親のくだりしほど、いかに哀なりけんとこそ覺えしか。あかつきに往くとて、今宵おはしまして、有明の月に歸り給ひけん直衣すがたなどこそ。

そのかみ常に居て、ものがたりし、人のうへなど、わろきは「わろし」などの給ひしに。
物忌などくすしうするものの、名を姓にて持たる人のあるが、ことびとの子になりて、平などいへど、唯もとの姓を、若きひとびと言種にて笑ふ。ありさまも異なることなし。兵部とて、をかしき方などもかたきが、さすがに人などにさしまじり心などのあるは、御前わたりに「見苦し」など仰せらるれど、腹ぎたなく知り告ぐる人もなし。
一條の院つくられたる一間のところには、つらき人をば更に寄せず。東の御門につと向ひて、をかしき小廂に、式部のおもと諸共に、夜も晝もあれば、うへも常に物御覽じに出でさせ給ふ。
「今宵は皆内に寐ん」とて南の廂に二人臥しぬる後に、いみじう叩く人のあるに、「うるさし」などいひ合せて、寐たるやうにてあれば、猶いみじうかしかましう呼ぶを、「あれおこせ、虚寐(そらね)ならん」と仰せられければ、この兵部來て起せど、寐たるさまなれば、「更に起き給はざりけり」といひに往きたるが、やがて居つきて物いふなり。

しばしかとおもふに、夜いたう更けぬ。權中將にこそあなれ。「こは何事をかうはいふ」とてただ密に笑ふも、いかでか知らん。あかつきまでいひ明して歸りぬ。「この君いとゆゆしかりけり。更におはせんに物いはじ。何事をさは言ひあかすぞ」など笑ふに、遣戸をあけて女は入りぬ。

翌朝例の廂に物いふを聞けば、「雨のいみじう降る日きたる人なん、いとあはれなる。日ごろおぼつかなうつらき事ありとも、さて濡れて來らば、憂き事も皆忘れぬべし」とはなどていふにかあらんを。昨夜も昨日の夜も、それがあなたの夜も、すべてこのごろは、うちしきり見ゆる人の、今宵もいみじからん雨にさはらで來らんは、一夜も隔てじと思ふなめりと、あはれなるべし。さて日ごろも見えず、おぼつかなくて過さん人の、かかる折にしも來んをば、更にまた志あるにはえせじとこそ思へ。

人の心々なればにやあらん、物見しり、思ひ知りたる女の、心ありと見ゆるなどをばかたらひて、數多いく所もあり、もとよりのよすがなどもあれば、繁うしもえ來ぬを、猶さるいみじかりし折に來りし事など、人にも語りつがせ、身をほめられんと思ふ人のしわざにや。それも無下に志なからんには、何しにかは、さも作事しても見えんとも思はん。

されど雨の降る時は、唯むつかしう、今朝まではればれしかりつる空とも覺えずにくくて、いみじき廊のめでたき所ともおぼえず。ましていとさらぬ家などは、疾く降り止みねかしとこそ覺ゆれ。

月のあかきに來らん人はしも、十日二十日一月、もしは一年にても、まして七八年になりても、思ひ出でたらんは、いみじうをかしと覺えて、え逢ふまじうわりなきところ、人目つつむべきやうありとも、かならず立ちながらも、ものいひて返し、又とまるべからんをば留めなどしつべし。

月のあかき見るばかり、遠く物思ひやられ、過ぎにし事、憂かりしも、嬉しかりしも、をかしと覺えしも、只今のやうに覺ゆる折やはある。こまのの物語は、何ばかりをかしき事もなく、詞もふるめき、見物多からねど、月に昔を思ひ出でて、むしばみたる蝙蝠とり出でて、もと見し駒にといひて立てる、いとあはれなり。

雨は心もとなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいとにくくぞある。やんごとなき事、おもしろかるべき事、尊くめでたかるべき事も、雨だに降ればいふかひなく口惜しきに、何かその濡れてかこちたらんがめでたからん。

實に交野少將もどきたる落窪少將などはをかし。それも昨夜一昨日の夜も、ありしかばこそをかしけれ。足洗ひたるぞ、にくくきたなかりけん。さらでは何か、風などの吹く、荒荒しき夜きたるは、たのもしくをかしうもありなん。

雪こそいとめでたけれ。忘れめやなどひとりごちて、忍びたることは更なり。いとさあらぬ所も、直衣などは更にもいはず、狩衣、袍、藏人の青色などの、いとひややかに濡れたらんは、いみじうをかしかるべし。緑衫なりとも、雪にだに濡れなばにくかるまじ。昔の藏人は、夜など人の許などに、ただ青色を著て、雨にぬれても、しぼりなどしけるとか。今は晝だに著ざめり。ただ緑衫をのみこそ、うちかづきためれ。衞府などの著たるは、ましていとをかしかりしものを、かく聞きて、雨にありかぬ人やはあらんずらん。

月のいとあかき夜、紅の紙のいみじう赤きに、唯「あらず」とも書きたるを、廂にさし入れたるを、月にあてて見しこそをかしかりしか。雨降らん折はさはありなんや。

(二七二段)

常に文おこする人の、「何かは今はいふかひなし。今は」などいひて、又の日音もせねば、さすがにあけたてば、文の見えぬこそさうざうしけれと思ひて、「さてもきはぎはしかりける心かな」などいひて暮しつ。

又の日、雨いたう降る晝まで音もせねば、「無下に思ひ絶えにけり」などいひて、端のかたに居たる夕暮に、笠さしたる童の持てきたるを、常よりも疾くあけて見れば、「水ます雨の」とある、いと多くよみ出しつる歌どもよりはをかし。

 

 

(二七三段)

ただ朝はさしもあらず、さえつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るに、いと心ぼそく、見出すほどもなく、白く積りて、猶いみじう降るに、隨身だちて細やかに美美しき男の、傘さして、側の方なる家の戸より入りて、文をさし入れたるこそをかしけれ。いと白き檀紙、白き色紙のむすべたる、うへにひきわたしける墨の、ふと氷りにければ、すそ薄になりたるを開けたれば、いと細く卷きて、結びたる卷目は、こまごまとくぼみたるに、墨のいと黒う薄く、くだりせばに、裏表書きみだりたるを、うち返し久しう見るこそ、何事ならんと、よそにて見やりたるもをかしけれ。まいてうちほほゑむ所はいとゆかしけれど、遠う居たるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりと覺ゆるかし。

額髮ながやかに、おもやうよき人の、暗きほどに文を得て、火ともす程も心もとなきにや。火桶の火を挾みあげて、たどたどしげに見居たるこそをかしけれ。

(二七四段)

きらきらしきもの  大將の御さきおひたる。孔雀經の御讀經。御修法は五大尊。

藏人式部丞。白馬の日、大路ねりたる。御齋會、左右衞門佐摺衣やりたる。季の御讀經。熾盛光の御修法。

(二七五段)

神のいたく鳴るをりに、雷鳴の陣こそいみじうおそろしけれ。左右大將、中少將などの、御格子のつらに侍ひ給ふ、いとをかしげなり。はてぬるをり、大將の仰せて、のぼりおりとの給ふらん。

(二七六段)

坤元録の御屏風こそ、をかしう覺ゆる名なれ。漢書の御屏風は、雄々しくぞ聞えたる。月次の御屏風もをかし。

(二七七段)

方違などして夜ふかくかへる、寒きこといとわりなく、おとがひなども皆おちぬべきを、辛うじて來つきて、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所なくめでたきを、こまかなる灰の中よりおこし出でたるこそ、いみじう嬉しけれ。

物などいひて、火の消ゆらんも知らず居たるに、こと人の來て、炭入れておこすこそいとにくけれ。されどめぐりに置きて、中に火をあらせたるはよし。皆火を外ざまにかき遣りて、炭を重ね置きたるいただきに、火ども置きたるがいとむつかし。

(二七八段)

: 雪いと高く降りたるを、例ならず御格子まゐらせて、炭櫃に火起して、物語などして集り侍ふに、「少納言よ、香爐峯の雪はいかならん」と仰せられければ、御格子あげさせて、御簾高く卷き上げたれば、笑はせたまふ。人々も「皆さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人には、さるべきなめり」といふ。

(二七九段)

陰陽師の許なる童こそ、いみじう物は知りたれ。祓など爲に出でたれば、祭文など讀む事、人はなほこそ聞け。そと立ちはしりて、白き水いかけさせよともいはぬに、爲ありくさまの、例知り、いささか主に物いはせぬこそ羨しけれ。さらん人もがな、つかはんとこそ覺ゆれ。

(二八〇段)

三月ばかり物忌しにとて、かりそめなる人の家にいきたれば、木どもなどはかばかしからぬ中に、柳といひて、例のやうになまめかしくはあらで、葉廣う見えてにくげなるを、「あらぬものなめり」といへば、「かかるもあり」などいふに、

さかしらに柳のまゆのひろごりて春のおもてをふする宿かな

とこそ見えしか。

そのころ又おなじ物忌しに、さやうの所に出でたるに、二日といふ晝つかた、いとど徒然まさりて、只今も參りぬべき心地する程にしも、仰事あれば、いとうれしくて見る。淺緑の紙に、宰相の君いとをかしく書き給へり。

いかにしてすぎにしかたを過しけん暮しわづらふ昨日けふ哉

となん。わたくしには、「今日しも千年の心地するを、曉だに疾く」とあり。この君のの給はんだにをかしかるべきを、まして仰事のさまには、おろかならぬ心地すれど、啓せん事とはおぼえぬこそ。

雲のうへにくらしかねけるはるの日を所がらともながめつる哉

私には、「今宵の程も、少將にやなり侍らんずらん」とて、曉に參りたれば、「昨日の返し、暮しかねけるこそいとにくし。いみじうそしりき」と仰せらるる、いとわびしう誠にさることも。

(二八一段)

清水に籠りたる頃、茅蜩のいみじう鳴くをあはれと聞くに、わざと御使しての給はせたりし。唐の紙の赤みたるに、

山ちかき入相の鐘のこゑごとに戀ふるこころのかずは知るらん

ものを、こよなのながゐやと書かせ給へる。紙などのなめげならぬも取り忘れたるたびにて、紫なる蓮の花びらに書きてまゐらする。

(二八二段)

十二月二十四日、宮の御佛名の初夜の御導師聞きて出づる人は、夜半も過ぎぬらんかし。里へも出で、もしは忍びたる所へも、夜のほど出づるにもあれ、合ひ乘りたる道の程こそをかしけれ。

日ごろ降りつる雪の、今朝はやみて、風などのいたう吹きつれば、垂氷のいみじうしだり、土などこそむらむら黒きなれ、屋のうへは唯おしなべて白きに、あやしき賤の屋もおもがくして、有明の月のくまなきに、いみじうをかし。

かねなどおしへぎたるやうなるに、水晶の莖などいはまほしきやうにて、長く短く、殊更かけ渡したると見えて、いふにもあまりてめでたき垂氷に、下簾も懸けぬ車の簾を、いと高く上げたるは、奧までさし入りたる月に、薄色、紅梅、しろきなど、七つ八つばかり著たるうへに、濃き衣のいとあざやかなる艶など、月に映えて、をかしう見ゆる傍に、葡萄染の堅紋の指貫、白き衣どもあまた、山吹、紅など著こぼして、直衣のいと白き引きときたれば、ぬぎ垂れられて、いみじうこぼれ出でたり。指貫の片つかたは、軾の外にふみ出されたるなど、道に人の逢ひたらば、をかしと見つべし。

月影のはしたなさに、後ざまへすべり入りたるを、引き寄せあらはになされて笑ふもをかし。凛々として氷鋪けりといふ詩を、かへすがえす誦じておはするは、いみじうをかしうて、夜一夜もありかまほしきに、往く所の近くなるもくちをし。

(二八三段)

宮仕する人々の出で集りて、君々の御事めで聞え、宮の内外のはしの事ども、互に語り合せたるを、おのが君々、その家あるじにて聞くこそをかしけれ。

(二八四段)

家廣く清げにて、親族は更なり、唯うちかたらひなどする人には、宮づかへ人、片つ方にすゑてこそあらまほしけれ。

さるべき折は、一所に集りゐて物語し、人の詠みたる歌、何くれと語りあはせ、人の文など持てくる、もろともに見、返事かき、また睦しうくる人もあるは、清げにうちしつらひて入れ、雨など降りてえ歸らぬも、をかしうもてなし、參らん折はその事見入れて、思はんさまにして出し立てなどせばや。

よき人のおはします御有樣など、いとゆかしきぞ、けしからぬ心にやあらん。

(二八五段)

見ならひするもの  欠伸(あくび)。兒ども。なまけしからぬえせもの。

(二八六段)

うちとくまじきもの  あしと人にいはるる人。さるはよしと知られたるよりは、うらなくぞ見ゆる。

船の路。日のうららかなるに、海の面のいみじうのどかに、淺緑のうちたるを引き渡したるやうに見えて、聊恐しき氣色もなき若き女の、袙ばかり著たる、侍の者の若やかなる諸共に、櫓といふものを押して、歌をいみじううたひたる、いとをかしう、やんごとなき人にも見せ奉らまほしう思ひいくに、風いたう吹き、海のおもてのただ荒れにあしうなるに、物もおぼえず、泊るべき所に漕ぎつくるほど、船に浪のかけたるさまなどは、さばかり和かりつる海とも見えずかし。

思へば船に乘りてありく人ばかり、ゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さにてだに、さまはかなき物に乘りて、漕ぎ往くべき物にぞあらぬや。ましてそこひも知らず、千尋などもあらんに、物いと積み入れたれば、水際はただ一尺ばかりだになきに、下種どもの、聊恐しとも思ひたらず、走りありき、つゆ荒くもせば沈みやせんと思ふに、大なる松の木などの、二三尺ばかりにてまろなるを、五つ六つほうほうと投げ入れなどするこそいみじけれ。

蓬かたといふ物にぞおはす。されど奧なるはいささかたのもし。端に立てる者どもこそ、目くるる心地すれ。早緒つけて、のどかにすげたる物の弱けさよ。絶えなば何にかはならん、ふと落ち入りなんを、それだにいみじう太くなどもあらず。

わが乘りたるはきよげに、帽額のすきかげ、妻戸格子あげなどして、されどひとしう重げになどもあらねば、ただ家の小きにてあり。他船見やるこそいみじけれ。遠きはまことに笹の葉を作りて、うち散したるやうにぞいと能く似たる。泊りたる所にて、船ごとに火ともしたる、をかしう見ゆ。

遊艇とつけて、いみじう小きに乘りて漕ぎありく早朝など、いとあはれなり、あとのしら浪は、誠にこそ消えてもゆけ。よろしき人は、乘りてありくまじき事とこそ猶おぼゆれ。陸路も又いとおそろし。

されどそれは、いかにもいかにも地につきたれば、いとたのもしと思ふに、蜑のかづきしたるは憂きわざなり。腰につきたる物絶えなば、いかがせんとなん。男だにせば、さてもありぬべきを、女はおぼろげの心ならじ。男は乘りて、歌などうちうたひて、この栲繩を海にうけありく、いと危く、うしろべたくはあらぬにや、蜑ものぼらんとては、その繩をなん引く。取り惑ひ繰り入るるさまぞ、理なるや。船のはたを抑へて、放ちたる息などこそ、まことに唯見る人だにしほたるるに、落し入れて漂ひありく男は、目もあやにあさまし。更に人の思ひかくべきわざにもあらぬことにこそあめれ。

(二八七段)

右衞門尉なる者のえせ親をもたりて、人の見るにおもてぶせなど、見ぐるしう思ひけるが、伊豫國よりのぼるとて、海に落し入れてけるを、人の心うがり、あさましがりけるほどに、七月十五日、盆を奉るとていそぐを見給ひて、道命阿闍梨、

わたつ海に親をおし入れてこの主のぼんする見るぞあはれなりける

とよみ給ひけるこそ、いとほしけれ。

(二八八段)

又小野殿の母うへこそは、普門寺といふ所に八講しけるを聞きて、又の日小野殿に人々集りて、あそびし、文つくりけるに、

薪こることはきのふにつきにしを今日はをののえここにくたさん

と詠み給ひけんこそめでたけれ。ここもとは打聞になりぬるなめり。

(二八九段)

また業平が母の宮の、いよいよ見まくとの給へる、いみじうあはれにをかし。引きあけて見たりけんこそ思ひやらるれ。

(二九〇段)

をかしと思ひし歌などを、草紙に書きておきたるに、下種のうち歌ひたるこそ心憂けれ。よみにもよむかし。

(二九一段)

よろしき男を、下種女などの譽めて、「いみじうなつかしうこそおはすれ」などいへば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるるはなかなかよし。下種にほめらるるは女だにわろし。また譽むるままにいひそこなひつるものをば。

(二九二段)

大納言殿まゐり給ひて、文の事など奏し給ふに、例の夜いたう更けぬれば、御前なる人人、一二人づつうせて、御屏風几帳の後などに、みな隱れふしぬれば、唯一人になりて、ねぶたきを念じてさぶらふに、丑四つと奏するなり。
「明け侍りぬなり」とひとりごつに、大納言殿、「今更におほとのごもりおはしますよ」とて、寢べきものにも思したらぬを、うたて何しにさ申しつらんと思へども、又人のあらばこそはまぎれもせめ。

うへの御前の柱に寄りかかりて、少し眠らせ給へるを、「かれ見奉り給へ、今は明けぬるに、かくおほとのごもるべき事かは」と申させ給ふ。「實に」など宮の御前にも笑ひ申させ給ふも知らせ給はぬほどに、長女が童の、鷄を捕へて持ちて、明日里へ往かんといひて隱し置きたりけるが、いかがしけん、犬の見つけて追ひければ、廊の先に逃げ往きて、恐しう泣きののしるに、みな人起きなどしぬなり。うへもうち驚かせおはしまして、「いかにありつるぞ」と尋させ給ふに、大納言殿の、聲明王の眠を驚すといふ詩を、高ううち出し給へる、めでたうをかしきに、一人ねぶたかりつる目も大になりぬ。「いみじき折の事かな」と宮も興ぜさせ給ふ。なほかかる事こそめでたけれ。

又の日は、夜の御殿に入らせ給ひぬ。夜半ばかりに、廊へ出でて人呼べば、「おるるか、われ送らん」との給へば、裳唐衣は屏風にうち懸けていくに、月のいみじう明くて、直衣のいと白う見ゆるに、指貫の半ふみくくまれて、袖をひかへて、「たふるな」といひて率ておはするままに、「遊子なほ殘の月に行けば」と誦じ給へる、又いみじうめでたし。「かやうの事めで惑ふ」とて笑ひ給へど、いかでか、猶いとをかしきものをば。

(二九三段)

僧都の君の御乳母のままと、御匣殿の御局に居たれば、男ある板敷のもと近く寄り來て、「辛いめを見候ひつる。誰にかはうれへ申し候はんとてなん」と泣きぬばかりの氣色にていふ。「何事ぞ」と問へば、「あからさまに物へまかりたりし間に、きたなぐ侍る所の燒けはべりにしかば、日ごろは寄居蟲のやうに、人の家に尻をさし入れてなん侍ふ。厩寮の御秣積みて侍りける家よりなん、出でまうで來て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、よどのに寢て侍りける童もほとほと燒け侍りぬべくなん、いささか物もとうで侍らず」などいひ居る。御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。

みまくさをもやすばかりの春のひによどのさへなど殘らざるらん

と書きて、「これを取らせ給へ」とて投げ遣れば、笑ひののしりて、「このおはする人の、家の燒けたりとていとほしがりて給ふめる」とて取らせたれば、「何の御短策にか侍らん、物いくらばかりにか」といへば、「まづよめかし」といふ。「いかでか、片目もあき仕うまつらでは」といへば、「人にも見せよ、只今召せば、頓にてうへへ參るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」とて皆笑ひ惑ひてのぼりぬれば、「人にや見せつらん。里にいきて、いかに腹立たん」など、御前に參りて、ままの啓すれば、また笑ひさわぐ。御前にも、「などかく物ぐるほしからん」とて笑はせ給ふ。

(二九四段)

男は女親なくなりて、親ひとりある、いみじく思へども、わづらはしき北の方の出で來て後は、内にも入れられず、裝束などの事は、乳母、また故上の人どもなどしてせさす。

西東の對のほどに、客人にもいとをかしう、屏風障子の繪も見所ありてすまひたり。殿上のまじらひのほど、口惜しからず、人々も思ひたり。うへにも御氣色よくて、常に召しつつ 御あそびなどのかたきには、思しめしたるに、なほ常に物なげかしう、世のなか心にあはぬ心地して、すきずきしき心ぞ、かたはなるまであるべき。

上達部のまたなきに、もてかしづかれたる妹一人あるばかりにぞ、思ふ事をもうちかたらひ、慰め所なりける。「定澄僧都に袿なし、すいせい君に袙なし」といひけん人もこそをかしけれ。「まことや、下野にくだる」といひける人に、

おもひだにかからぬ山のさせも草たれかいぶきの里は告げしぞ

(二九五段)

「定澄僧都に袿(うちき)なし、すいせい君に袙(あこめ)なし」といひけん人もこそをかしけれ。

(二九六段)

「まことや、下野にくだる」といひける人に、

おもひだにかからぬ山のさせも草たれかいぶきの里は告げしぞ

(二九七段)

ある女房の、遠江守の子なる人をかたらひてあるが、おなじ宮人をかたらふと聞きて恨みければ、「親などもかけて誓はせ給ふ。いみじき虚言なり、夢にだに見ずとなんいふ。いかがいふべき」といふと聞きて、

誓へきみ遠つあふみのかみかけてむげに濱名のはし見ざりきや

(二九八段)

「便なき所にて人に物をいひけるに、胸のいみじうはしりける、などかくはある」といひける答に、

逢坂はむねのみつねにはしり井のみつくる人やあらんと思へば

(二九九段)

唐衣(からぎぬ)は  あかいろ。ふぢ。夏はふたあゐ。秋は枯野。

(三〇〇段)

裳は  大海。しびら。

(三〇一段)

織物は  むらさき。しろき。萌黄に柏葉織りたる。紅梅もよけれども、なほ見ざめこよなし。

(三〇二段)

紋は  あふひ。かたばみ。

(三〇三段)

夏うすもの、片つ方のゆだけ著たる人こそにくけれど、數多かさね著たれば、ひかれて著にくし。綿など厚きは、胸などもきれて、いと見ぐるし。まぜて著るべき物にはあら ず。なほ昔より、さまよく著たるこそよけれ。左右のゆだけなるはよし。それもなほ女房の裝束にては、所せかンめり。男の數多かさぬるも、片つかた重くぞあらんかし 清らなる裝束の、織物、うすものなど、今は皆さこそあンめれ。今樣に又さまよき人の著給はん、いと便なきものぞかし。

(三〇四段)

かたちよき公達の、彈正にておはする、いと見ぐるし。宮の中將などの口惜しかりしかな。

(三〇五段)

やまひは  胸。物怪(もののけ)。脚氣(あしのけ)。唯そこはかとなく物食はぬ。
十八九ばかりの人の、髮いと麗しくて、たけばかりすそふさやかなるが、いとよく肥えて、いみじう色しろう、顏あいぎやうづき、よしと見ゆるが、齒をいみじく病みまどひて、額髮もしとどに泣きぬらし、髮の亂れかかるも知らず、面赤くて抑へ居たるこそをかしけれ。

八月ばかり、白き單衣、なよらかなる袴よきほどにて、紫苑の衣の、いとあざやかなるを引きかけて、胸いみじう病めば、友だちの女房たちなど、かはるがはる來つつ、「いといとほしきわざかな、例もかくや惱み給ふ」 など、事なしびに問ふ人もあり。心かけたる人は、誠にいみじと思ひ歎き、人知れぬ中などは、まして人目思ひて、寄るにも近くもえ寄らず、思ひ歎きたるこそをかしけれ。いと麗しく長き髮を引きゆひて、物つくとて起きあがりたる氣色も、いと心苦しくらうたげなり。

うへにも聞し召して、御讀經の僧の聲よき給はせたれば、訪人どももあまた見來て、經聞きなどするもかくれなきに、目をくばりつつ讀み居たるこそ、罪や得らんとおぼゆれ。

(三〇六段)

心(こころ)づきなきもの  物へゆき、寺へも詣づる日の雨。使ふ人の我をばおぼさず、「某こそ只今の人」などいふをほの聞きたる。人よりはなほ少しにくしと思ふ人の、推量事うちし、すずろなる物恨し、我かしこげなる。
心あしき人の養ひたる子、さるはそれが罪にはあらねど、かかる人にしもと覺ゆる故にやあらん。「數多(あまた)あるが中に、この君をば思ひおとし給ひてや、にくまれ給ふよ」などあららかにいふ。兒は思ひも知らぬにやあらん、もとめて泣き惑 ふ、心づきなきなめり。おとなになりても、思ひ後見もて騒ぐほどに、なかなかなる事こそおほかンめれ。
わびしくにくき人に思ふ人の、はしたなくいへど、添ひつきてねんごろがる。いささか心あしなどいへば、常よりも近く臥して、物くはせ、いとほしがり、その事となく思ひたるに、まつはれ追從し、とりもちて惑ふ。

(三〇七段)

宮仕人の許に來などする男の、そこにて物くふこそいとわろけれ。くはする人もいとにくし。思はん人の、「まづ」など志ありていはんを、忌みたるやうに口をふたぎて、顏を持てのくべきにもあらねば、くひ居るにこそあらめ。いみじう醉ひなどして、わりなく夜更けて泊りたりとも更にゆづけだにくはせじ。心もなかりけりとて來ずばさてなん。さとにて、北面よりし出してはいかがせん。それだに猶ぞある。


(三〇八段)

初瀬に詣でて局に居たるに、あやしき下種どもの、後さしまぜつつ、居竝みたるけしきこそ、ないがしろなれ。

いみじき心を起して詣でたるに、川の音などの恐しきに、榑階をのぼり困じて、いつしか佛の御顏を拜み奉らんと、局に急ぎ入りたるに、蓑蟲のやうなるものの、あやしき衣著たるが、いとにくき立居額づきたるは、押し倒しつべき心地こそすれ。いとやんごとなき人の局ばかりこそ、前はらひあれ、よろしき人は、制しわづらひぬかし。たのもし人の師を呼びていはすれば、「足下ども少し去れ」などいふ程こそあれ、歩み出でぬれば、おなじやうになりぬ。


(三〇九段)

いひにくきもの  人の消息、仰事などの多かるを、序のままに、初より奧までいといひにくし。返事また申しにくし。恥しき人の物おこせたるかへりごと。おとなになりたる子の、思はずなること聞きつけたる、前にてはいといひにくし。


(三一〇段)

四位五位は冬、六位は夏。宿直すがたなども。


(三一一段)

品こそ男も女もあらまほしきことなンめれ。家の君にてあるにも、誰かはよしあしを定むる。それだに物見知りたる使人ゆきて、おのづからいふべかめり。ましてまじらひする人はいとこよなし。猫の土におりたるやうにて。

(三一二段)

人の顏に、とりわきてよしと見ゆる所は、度ごとに見れども、あなをかし、珍しとこそ覺ゆれ。繪など數多たび見れば、目もたたずかし。近う立てる屏風の繪などは、いとめでたけれども見もやられず。人の貌はをかしうこそあれ。

にくげなる調度の中にも、一つよき所のまもらるるよ。みにくきもさこそはあらめと思ふこそわびしけれ。


(三一三段)

工匠(たくみ)の物くふこそいと怪しけれ。新殿を建てて、東の對だちたる屋を作るとて、工 匠ども居竝みて物くふを、東面に出で居て見れば、まづ持てくるや遲きと、汁物取りて皆飮みて、土器はついすゑつつ、次にあはせを皆くひつれば、おものは不用なンめりと見るほどに、やがてこそ失せにしか。二三人居たりし者、皆させしかば、工匠のさるなめりと思ふなり。あなもたいなの事どもや。

(三一四段)

物語をもせよ、昔物語もせよ、さかしらに答うちして、こと人どものいひまぎらはす人いと憎し。


(三一五段)

ある所に、中の君とかやいひける人の許に、君達にはあらねども、その心いたくすきたる者にいはれ、心ばせなどある人の、九月ばかりに往きて、有明の月のいみじう照りておもしろきに、名殘思ひ出でられんと、言の葉を盡していへるに、今はいぬらんと遠く見送るほどに、えもいはず艶なる程なり。出づるやうに見せて立ち歸り、立蔀あいたる陰のかたに添ひ立ちて、猶ゆきやらぬさまもいひ知らせんと思ふに、「有明の月のありつつも」とうちいひて、さしのぞきたるかみの頭にも寄りこず、五寸ばかりさがりて、火 ともしたるやうなる月の光、催されて驚かさるる心地しければ、やをら立ち出でにけりとこそ、語りしか。


(三一六段)

女房のまゐりまかンでするには、車を借る折もあるに、こころよそひしたる顏にうちいひて貸したるに、牛飼童の、例の牛よりもしもざまにうちいひて、いたう走り打つも、あなうたてと覺ゆかし。男どもなどの、物むづかしげなる氣色にて、「いかで夜更けぬさきに、追ひて歸りなん」といふは、なほ主の心おしはかられて、頓の事なりと、又いひ觸れんとも覺えず。
業遠(なりとう)朝臣の車のみや、夜中あかつきわかず人の乘るに、聊さる事なかりけん、よくぞ教へ習はせたりしか。道に逢ひたりける女車の、深き所におとし入れて、え引き上げで、牛飼のはらだちければ、わが從者してうたせさへしければ、まして心のままに、誡めおきたるに見えたり。


(三一七段)

好き好きしくて獨住(ひとりずみ)する人の、夜はいづらにありつらん、曉に歸りて、やがて起きたる、まだねぶたげなる氣色なれど、硯とり寄せ、墨こまやかに押し磨りて、事なしびに任せ てなどはあらず、心とどめて書く。まひろげ姿をかしう見ゆ。
白き衣どものうへに、山吹紅などをぞ著たる。白き單衣のいたく萎みたるを、うちまもりつつ書き立てて、前なる人にも取らせず、わざとたちて、小舎人童のつき%\しきを、身近く呼び寄せて、うちささめきて、往ぬる後も久しく詠めて、經のさるべき所々など、忍びやかに口ずさびに爲居たり。奧のかたに、御手水、粥などしてそそのかせば、歩み入りて、文机に押しかかりて文をぞ見る。おもしろかりける所々は、うち誦じたるもいとをかし。

手洗ひて、直衣ばかりうち著て、禄をぞそらに讀む。實にいとたふとき程に、近き所なるべし、ありつる使うちけしきばめば、ふと讀みさして、返事に心入るるこそいとほしけれ。


(三一八段)

清げなるわかき人の、直衣も袍も狩衣も、いとよくて、きぬがちに、袖口(そでぐち)あつく見えたるが、馬に乘りて往くままに、供なるをのこ、たて文を、目をそらにて取りたるこそをかしけれ。

(三一九段)

前の木だち高う庭廣き家の、東南の格子どもあげ渡したれば、涼しげに透きて見ゆる に、母屋に四尺の几帳立てて、前に圓座をおきて、三十餘ばかりの僧の、いとにくげならぬが、薄墨の衣、羅の袈裟など、いとあざやかにうちさうぞきて、香染の扇うちつかひ、千手陀羅尼讀み居たり。
物怪にいたうなやむ人にや、うつすべき人とて、おほきやかなる童の、髮など麗しき、生絹の單、あざやかなる袴長く著なして、ゐざり出でて、横ざまに立てたる三尺の几帳の前に居たれば、外ざまにひねり向きて、いとほそう、にほやかなる獨鈷を取らせて、ををと目うち塞ぎて讀む陀羅尼も、いとたふとし。

顯證(けしょう)の女房あまた居て、集ひまもらへたり。久しくあらでふるひ出でぬれば、もとの心失ひて、行ふままに隨ひ給へる護法も、げにたふとし。
兄の袿(うちき)したる、細冠者どもなどの、後に居て團扇するもあり。皆たふとがりて集りたるも、例の心ならば、いかに恥しと惑はん。みづからは苦しからぬ事と知りながら、いみじうわび歎きたるさまの心苦しさを、附人の知人などは、らうたく覺えて、几帳のもと近く居て、衣ひきつくろひなどする。かかる程に、よろしとて、御湯など北面に取り次ぐほどをも、わかき人々は心もとなし。盤も引きさげ ながらいそいでくるや。單など清げに、薄色の裳など萎えかかりてはあらず、いと清げなり。

申(さる)の時にぞ、いみじうことわりいはせなどして許しつ。「几帳の内にとこそ思ひつれ、あさましうも出でにけるかな。いかなる事ありつらん」と恥しがりて、髮を振りかけてすべり入りぬれば、しばしとどめて、加持少しして、「いかに、さわやかになり給へりや」とてうち笑みたるも恥しげなり。「しばし侍ふべきを、時のほどにもなり侍りぬべければ」とまかり申して出づるを、「しばし、ほうちはうたう參らせん」などとどむるを、いみじう急げば、所につけたる上臈とおぼしき人、簾のもとにゐざり出でて、「いと嬉しく立ちよらせ給へりつるしるしに、いと堪へがたく思ひ給へられつるを、只今おこたるやうに侍れば、かへす%\悦び聞えさする。明日も御暇の隙には、物せさせ給へ」などいひつつ。「いとしうねき御物怪に侍るめるを、たゆませ給はざらんなんよく侍るべき。よろしく物せさせ給ふなるをなん、悦び申し侍る」と、詞ずくなにて出づるは、いと尊きに、佛のあらはれ給へるとこそ覺ゆれ。

清げなる童の髮ながき。また大やかなるが、髯生ひたれど、思はずに髮うるはしき 又したたかに、むくつけげなるなど多くて、いとなげにて、ここかしこに、やんごとなきおぼえあるこそ、法師もあらまほしきわざなンめれ。親などいかに嬉しからんとこそ、おしはからるれ。

(三二〇段)

見ぐるしきもの  衣の背縫かたよせて著たる人。又のけくびしたる人。下簾穢げなる上達部の御車。例ならぬ人の前に子を率ていきたる。袴著たる童の足駄はきたる、それは今樣のものなり。つぼ裝束したる者の、急ぎて歩みたる。法師、陰陽師の、紙冠して祓したる。また色黒う、痩せ、にくげなる女のかづらしたる。髯がちにやせやせなる男と晝寢したる、何の見るかひに臥したるにかあらん。夜などはかたちも見えず 又おしなべてさる事となりにたれば、我にくげなりとて、起き居るべきにもあらずかし。翌朝疾く起き往ぬる、めやすし。夏晝寐して起きたる、いとよき人こそ今少しをかしけれ。えせかたちはつやめき 寐はれて、ようせずば、頬ゆがみもしつべし。互に見かはしたらん程の、いけるかひなさよ。色黒き人の、生絹單著たる、いと見ぐるしかし。のしひとへも同じくすきたれど、それはかたはにも見えず。ほその通りたればにやあらん。


(三二一段)

ものくらうなりて、文字もかかれずなりたり。筆も使ひはてて、これを書きはてばや。
この草紙は、目に見え、心に思ふ事を、人やは見んずると思ひて、徒然なる里居のほどに、書き集めたるを、あいなく、人のため便なきいひ過しなどしつべき所々もあれば、きようかくしたりと思ふを、涙せきあへずこそなりにけれ。

宮の御前に、内大臣の奉り給へりけるを、「これに何を書かまし。うへの御前には、史記といふ文を書かせ給へる」などの給はせしを、「枕にこそはし侍らめ」と申ししかば、「さば得よ」とて賜はせたりしを、あやしきを、こよや何やと、つきせずおほかる紙の數を、書きつくさんとせしに、いと物おぼえぬことぞおほかるや。
大かたこれは世の中にをかしき事を、人のめでたしなど思ふべき事、なほ選り出でて、歌などをも、木、草、鳥、蟲をもいひ出したらばこそ、思ふほどよりはわろし、心見えなりともそしられめ。ただ心ひとつに、おのづから思ふことを、たはぶれに書きつけたれば、物に立ちまじり、人なみなみなるべき耳をも聞くべきものかはと思ひしに、はづかしきなども、見る人はの給ふなれば、いとあやしくぞあるや。實にそれもことわり、人の憎むをもよしといひ、譽むるをもあしといふは、心の程こそおしはからるれ。ただ人に見えけんぞねたきや。

(三二二段)

左中将のいまだ伊勢の守と聞こえしとき、里におはしたりしに、端(はし)の方(かた)なりし畳をさし出でし物は、この草子も乗りて出でにけり。まどひ取り入れしかども、やがて持ておはして、いと久しくありてぞかへりにし。それより染めたるなめりとぞ。


(三二三段)

わが心にもめでたくも思ふことを、人に語り、かやうにも書きつくれば、君の御ためかるがるしきやうなるも、いとかしこし。
されど、この草子は、目に見え心に思ふことの、よしなくあやしきも、つれづれなるをりに、人やは見むとするに思ひて書きあつめたるを、あいなく人のため便(びん)なき言ひ過ごしつつべき所々あれば、いとよく隠しおきたりと思ひしを、涙せきあへずこそなりにけれ。
宮の御前に、内の大殿(おとど)の奉らせたまへりける草子を、「これに何かを書かまし」と、「うへの御前には史記といふ文(ふみ)をなむ、一部書かせたまふなり。古今(こきん)をや書かまし」など のたまはせしを、「これ給ひて、枕にしはべらばや」と啓せしかば、「さらば得よ」とて給はせたりしを、持ちて、里にまかり出でて、御前わたりの恋しく思ひ出でらるる事あやしきを、こじや何やと、つきせずおほかる料紙(りょうし)を書きつくさむとせしほどに、いとど物おぼえぬ事のみぞおほかるや。
これは、また、世の中にをかしくもめでたくも人の思ふべき事を選(え)り出でたるかは、ただ心一つに思ふ事をたはぶれに書きつけたれば、物に立ちまじり、人並み並みなるべき物かはと思ひたるに、「はづかし」など、見る人の、のたまふらむこそあやしけれ。また、それもさる事ぞかし。人の、物のよしあし言ひたるは、心のほどこそおしはからるれ。ただ人に見えそむるのみぞ、草木の花よりはじめて虫にいたるまで、ねたきわざなる。何事もただわが心につきておぼゆる事を、人の語る歌物語、世のありさま、雨・風・霜・雪の上をも言ひたるに、をかしく興(きょう)ある事もありなむ。また、「あやしくかかる事のみ興あり、をかしくおぼゆらむ」と、そのほどのそしられば、罪さり所なし。さて人並み並みに、物に立ちまじらはせ、見せひろめかさむとは思はぬものなれば、えせにも、やさしくも、けしからずも、心づきなくもある事どももあれど、わざと取り立てて、人々しく人のそしるべき事もあらず。
上手の歌をよみたる歌を、物おぼえぬ人は、そしらずやはある。かりのこ食はぬ人もあンめり。梅の花をすさまじと思ふ人もありなむ。ざいけのこは、あさがほ引き捨てずやはありける。さようにこそは、おしはからめ、げになまねたくもおぼえぬべき事ぞかし。されどなほこのすずろ事の、知らぬばかり好ましくておかれぬをばいかがせむずる。

(奥書)

枕草子は、人ごとに持たれども、まことによき本は世にありがたき物なり。これもさまではなけれど、能因が本と聞けば、むげにはあらじと思ひて、書き写してさぶろうぞ。草子がらも手がらもわるけれど、これはいたく人などに貸さでおかれさぶらふべし。なべておほかる中に、なのめなれど、なほこの本もいと心よくもおぼえさぶらはず、さきの一条院の一品(いっぽん)の宮の本とて見しこそ、めでたかりしか、と本に見えたり。
これを書きたる清少納言は、あまり優(ゆう)にて、並み並みなる人の、まことしくうちたのみしつべきなどをば語らはず、艶(えん)になまめきたる事をのみ思ひて過ぎにけり。宮にも、御世衰へにける後には、常にも候はず、さるほどに失せたまひにければ、それを憂き事に思ひて、またこと方(かた)ざまに身を思ひ立つ事もなくて過ぐしけるに、さるべくしたしくたのむべき人も、やうやう失せ果てて、子などもすべて持たざりけるままに、せんかたもなくて、年老いにければ、さま変へて、乳母子(めのとご)のゆかりありて、阿波の国に行きて、あやしき萱屋(かやや)に住みける。つづりといふ物をぼうしにして、あをなといふ物乾しに、外に出でて帰るとて、「昔の直衣姿(なおしすがた)こそ思ひ出でらるれ」と言ひけむいこそ、なほ古き心の残れりけるにやと、あはれにおぼゆれ。されば、人の終りの、思ふやうなる事、若くていみじきにもよらざりけるとこそおぼゆれ。

 

 

カテゴリー
スポンサーリンク
スポンサーリンク
 
未分類
ORIGAMI – 日本の伝統・伝承・和の心

コメント

タイトルとURLをコピーしました