第七十二首 裕子内親王家紀伊 【金葉集】
音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
『高師の浜の無駄に立ち騒ぐ波は噂に聞いているが、そんな波で袖を濡らしたくは
ない。(あなたの浮気の噂も聞いていますがわたしはそんなあなたの為に涙で
袖を濡らしたくはありません。)』
【音に聞く】噂に聞く
【あだ波】無駄に立ち騒ぐ波
第七十四首 源俊頼朝臣 【千載集】
憂かりける 人を初瀬の山おろし はげしかれとは 祈らぬものを
『つれないあの人の心が初瀬の山から吹く風のように、わたしに激しく心が開いて
くれますようにと祈りましたが、あの人の冷たさがいっそう激しくなれとは祈らなかったのに』
【憂かりける】つれない
【山おろし】山から吹き下す激しい風
第七十七首 崇徳院 【詞花集】
瀬を早み 岩にせかかる 滝川の われても末に あわむとぞ思ふ
『流れが早く大きな岩に当たって流れが二手に分かれても、いづれまた一つの流れに
なる急流のように、今はあなたと離れているけれど、必ずまたお逢いしよう』
第八十首 待賢門院堀河 【千載集】
長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ
『ずっとわたしを思っていてくださるそうですが、人の心はいつ変わってしまうのか
分からないので、寝乱れた長い黒髪のように今朝あなたを想っては、わたしの心も
乱れて思い悩んでいます』
【ものをこそ思へ】思い悩んでいる。
第八十二首 道因法師 【千載集】
思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪えぬは 涙なりけり
『つれなくなったあなたを思い悲しむ日々がどんなに辛くても命はあるというのに、涙は悲しみに堪えきれずにあふれ落ちてしまう』
【思ひわぶ】思い悲しむ。辛いと想う
【さても】そのようであっても
【ものを】~けれども
【憂き】悲しみ
第八十五首 俊恵法師 【千載集】
夜もすがら 物思ふころは 明けやらぬ 閨のひまさえ つれなかりけり
『夜がすっかり明けるまであなたが来てくださるのかどうか思い悩んでいる夜は
あれこれ考えてしまって夜がとても長く感じられる。寝室には朝陽さえ差し込んで来てはくれない』
【すがら】その時間が過ぎ去るまで
【明けやらぬ】なかなか夜が明けない
【閨】寝室
【ひま】隙間
第八十六首 西行法師 【千載集】
嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
『月を見て、あなたへの思い嘆いたとしても、それは月のせいではない
のでしょうが、まるで月のせいだとでもいうような恨めしい顔つきで眺めては
涙を流してしまう』
【とて】たとえ~しても
【やは】疑問を表す
【かこち顔】恨めしそうな顔つき
第八十八首 皇嘉門院別当 【千載集】
難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋わたるべき
『難波潟の葦の刈り根のように一夜だけのあなたとの夜でしたから、身を尽くしてあなたの事を恋しく思い続けてしまいそう』
第八十九首 式子内親王 【新古今集】
玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
『わたしの命よ、いずれ絶えるならもう絶えてしまってほしい。このままこの世に
生き長らえて、わたしがあの人への想いを抑えている事ができなくなってしまうと
いけないから』
【玉の緒】命
【なば】~たならば
【ながらふ】生き長らえる
【忍ぶ】がまんする
【もぞ】~するといけない
第九十首 殷富門院大輔 【千載集】
見せばやな 雄島の海人の 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかわらず
『あなたにお見せしたいものです。雄島の海人の袖でさえ、どんなに濡れても色が
変わらないのに、あなたを想って色が変わってしまうほど涙に濡れるわたしの袖を』
【ばや】自分の希望を表す。~したい
【だにも】~さえも
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