雨が紡ぐ、千年のこころ──万葉集に見る“雨の情景”と“人の想い”
しとしとと降る雨に、どこか懐かしさを覚えたことはありませんか?
私たちの祖先もまた、雨の音に耳を澄ませ、心を寄せ、恋や孤独、自然への畏敬を和歌に託しました。
ここでは、日本最古の歌集『万葉集』から、「雨」をテーマにした美しい和歌50選を現代語訳とともに厳選。
古典文学の知識を深めたい方や、教育現場での教材活用を考える方、そして和の情緒を愛するすべての人におすすめです。
日本文化や歴史を知る“学びの入り口”としてもぜひご活用ください。
心にしみる雨の和歌50選
- 雨降らずとの曇る夜のぬるぬると恋ひつつ居りき君待ちがてり
(雨も降らず曇る夜に、じとじとと恋しさに包まれて、あなたを待ち続けていた) - ひさかたの雨も降らぬか雨障み君にたぐひてこの日暮らさむ
(空にかかる雨でも降ってくれたら、あなたと共にこの日を過ごせるのに) - 石上降るとも雨につつまめや妹に逢はむと言ひてしものを
(岩に降る雨に濡れてでも、君に会うと約束したではないか) - ひさかたの雨の降る日をただ独り山辺に居ればいぶせかりけり
(空の彼方から雨が降る日、山辺に一人でいると気がふさぐ) - ひさかたの雨は降りしけ思ふ子がやどに今夜は明かして行かむ
(久方の雨が降る夜、愛しい人の家で夜を明かそう) - 通るべく雨はな降りそ我妹子が形見の衣我れ下に着り
(通り道に雨よ降らないでくれ。愛しい人の形見の衣を着ているのだから) - 楽浪の連庫山に雲居れば雨ぞ降るちふ帰り来我が背
(楽浪の連庫山に雲がかかっている。雨が降るらしいよ、帰っておいで、愛しい人) - ひさかたの雨には着ぬをあやしくも我が衣手は干る時なきか
(雨に打たれてもいないのに、不思議なことに私の袖はいつも濡れている) - 春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ
(しとしとと春雨が降る中、高円の山の桜はどうしているだろうか) - 夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らば移ろひなむか
(夏の名残に咲いたはねずの花よ。久方の雨が降れば色褪せてしまうのだろうか) - 時雨の雨間なくし降れば御笠山木末あまねく色づきにけり
(しぐれの雨が絶え間なく降るので、御笠山の木々の梢がすっかり色づいた) - 大君の御笠の山の黄葉は今日の時雨に散りか過ぎなむ
(大君の御笠山の紅葉は、今日の時雨に散ってしまうのだろうか) - 雨晴れて清く照りたるこの月夜またさらにして雲なたなびき
(雨が上がり澄み渡った月夜、もう二度と雲などたなびかないでほしい) - 春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高円の山
(春日野に時雨が降るのが見える。明日からは黄葉を髪に挿そう、高円の山で) - 黄葉を散らす時雨に濡れて来て君が黄葉をかざしつるかも
(黄葉を散らす時雨に濡れながら来て、あなたのために黄葉を挿してきた) - 時雨の雨間なくな降りそ紅ににほへる山の散らまく惜しも
(しぐれよ、絶え間なく降らないで。紅に染まる山の葉が散ってしまうのが惜しい) - 衣手の名木の川辺を春雨に我れ立ち濡ると家思ふらむか
(名木の川辺に立ち、春雨に濡れている私を、家の人は思っているだろうか) - かき霧らし雨の降る夜を霍公鳥鳴きて行くなりあはれその鳥
(霞むような雨の夜に、時鳥が鳴きながら飛んでゆく。ああ、哀しい鳥よ) - あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも
(山の際を照らす桜の花が、この春雨で散っていってしまうのだろうか) - 春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも
(春雨よ、そんなに強く降らないで。まだ見ていない桜の花が散ってしまうのは惜しい) - 春雨のやまず降る降る我が恋ふる人の目すらを相見せなくに
(春雨が止まず降り続くように、私の恋しさも尽きることがなく、あの人の顔すら見られない) - 我妹子に恋ひつつ居れば春雨のそれも知るごとやまず降りつつ
(愛しい人を恋しく思い続けていると、春雨もそれを知ってかのように止まず降っている) - 雨晴れの雲にたぐひて霍公鳥春日をさしてこゆ鳴き渡る
(雨の上がった空に浮かぶ雲の間を、ほととぎすが春日の方へ鳴き渡っていく) - 見わたせば向ひの野辺のなでしこの散らまく惜しも雨な降りそね
(向かいの野のなでしこが散るのが惜しい、雨よ、どうか降らないで) - この夕降りくる雨は彦星の早漕ぐ舟の櫂の散りかも
(夕暮れに降ってくる雨は、彦星が舟を漕ぐ櫂のしぶきなのだろうか)
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