風は、古来より人々にとって特別な存在でした。
季節を運び、豊かさをもたらし、ときには荒々しく大地を揺るがす――その目に見えない力に、各地の文化は神性を見出しました。
日本ではシナツヒコや風伯、中国では飛廉など、風を司る神々は多様で、地域ごとに異なる物語が語られています。
この記事では、日本と世界に伝わる風の神々をまとめ、その特徴や背景をわかりやすく紹介します。
出典・参考:Wikipedia 風神
日本の風の神
日本には、風の力を神格化した多くの神々が伝わっています。神話や古い伝承の中で、それぞれがどのように風と関わってきたのかを紹介します。
1. 風天(ふうてん / Vāyu・Vāta)
風天は、仏教で風の働きを象徴する神として語られています。
インドで信仰されてきた風神ヴァーユをもとに、日本へ伝わる中で仏教の守護神として位置づけられました。
風がもつ 勢い・呼吸・生命力 といったエネルギーを表す存在で、修行を支え、災いを払う力を持つと考えられています。
寺院でも大切に扱われる神で、風がもたらす力そのものを象徴した神格です。
2. シナツヒコ(志那都比古神 / しなつひこ)
シナツヒコは、日本神話における代表的な風の神です。
高天原から吹く風を整え、季節の移ろいや自然の循環に関わる存在として描かれています。
その風は、作物を育て、人々の暮らしを支える恵みの風ともされています。
名前には「風をつかさどる若い男神」という意味合いがあり、風そのものを人格化したようなイメージの神です。
3. シナツヒメ(志那都比売神 / しなつひめ)
シナツヒコと対になる存在とされる、やさしい風の女神です。
古い文献では多く語られてはいませんが、柔らかい風や季節を運ぶ風と結びつけられることが多い神です。
豊かさを育む風や、春先のやわらかな風のイメージが重ねられ、
自然の恵みをそっと届ける、穏やかな役割を持つ神として考えられています。
中国の風の神
古代中国の神話や星宿には、風を司るさまざまな存在が語られています。
地域や時代によって姿や性質が異なり、風にまつわる信仰の豊かさがうかがえます。
1. 風伯(ふうはく / フォンボー)
中国で広く「風の神」と呼ばれる存在で、姿は地域によってさまざまに描かれます。
老人のような姿を取ることもあれば、人の姿で現れることもあり、土地ごとの伝承が色濃く残っています。
季節の風を運び、農耕に必要な風をもたらす存在として親しまれてきました。
2. 飛廉(ひれん / フェイリェン)
鹿の体に鳥の頭、蛇の尾を持つとされる、風を呼ぶ神獣です。
その動きが風を生むと考えられ、神話の中では戦いや天候に強く関わる力を持つ存在として描かれています。
荒々しい風や突風の象徴として語られることが多い神です。
3. 箕伯(きはく / ジー・ボー)
星宿である「箕星」と結びついた風の神です。
箕星は風に関わる星として古くから意識され、箕伯はその力を象徴する神格として伝えられました。
風向きや季節の風を司る存在とされ、農耕や暦の考え方とも深く結びついています。
インドの風神
インドの神話には、日常のそよ風から暴風雨、大気のエネルギーまで、さまざまな“風”を象徴する神々が登場します。
風を通じて世界の成り立ちや生命の循環を語るという特徴があり、その神話はとても豊かです。
1. ヴァーユ(Vāyu)/ヴァータ(Vāta)
日常の風を司る代表的な風神
ヴァーユは、サンスクリット語で「風」を意味する名前を持つ、古い時代から崇拝されてきた風の神です。
同じく風を象徴するヴァータとほぼ同一視され、どちらも大気の流れや生命力を表す存在として語られています。
特徴
- 日常の風・呼吸・大気(プラーナ)を象徴する神格
- 『リグ・ヴェーダ』では英雄神インドラにも並ぶ重要な存在
- 大気=生命力という考え方から、宇宙の成り立ちとも深く結びついている
- ヴァーユは、より人格的に描かれることが多い
仏教との関係
ヴァーユ/ヴァータは後に仏教にも取り入れられ、
日本の密教などで信仰される「風天(ふうてん)」の源流となったと考えられています。
2. ルドラ(Rudra) ― 暴風神からシヴァへの原形
激しい暴風と再生をつかさどる神
ルドラは「咆哮する者」を意味し、嵐や暴風、サイクロンを象徴する神です。
荒れ狂う風のように恐ろしい側面を持ちながら、嵐の後に訪れる浄化や新たな始まりも司る存在として描かれています。
特徴
- 暴風・嵐・病気・治癒など、破壊と癒しの両面をあわせ持つ
- 恐ろしさと慈しみの心を併せ持つ、二面性のある神格
- 『リグ・ヴェーダ』では登場の頻度こそ多くないものの、重要な役割を担う
シヴァ神との関係
後の時代には、ルドラの性質が統合されるかたちでシヴァ神が形づくられていきました。
シヴァは破壊と再生、ヨーガ、宇宙の循環などを象徴するインドの主要な神であり、
「シヴァ(吉祥・慈悲)」という名は、ルドラの穏やかな側面を反映した呼び名だとされています。
そのため、しばしば「恐るべき暴風神ルドラ」から「宇宙を司る大神シヴァ」へとつながる系譜として語られます。
エジプトの風神
エジプト神話には、大気や光の差し込む風、砂嵐、太陽の運行を支える風など、さまざまなかたちで「風」と結びついた神々が登場します。
古代エジプトでは、風は生命と秩序を支える力であると同時に、砂漠の暴風のように破壊的な一面も持つものとして捉えられていました。
1. シュー(Shu)
大気・光る風を司るエジプト神話の大気神
シューは、天地創造神アトゥムによって、湿気の女神テフヌトと共に生み出された大気の神です。
エジプト九柱の神々(エネアド)の一柱として、天の女神ヌトと大地の神ゲブのあいだに立ち、両者を引き離すことで天地を形づくったとされています。
特徴
- 名は「空虚」あるいは「立ち上がる者」を意味するとされ、のちに光を帯びた大気のイメージと結びつく
- 「光る大気」として四つの風と共に、天と地のあいだを満たす存在と考えられた
- 生命を育む穏やかな気質を持つ神として、荒々しい嵐神セトと対照的に語られることが多い
- ヌトをゲブから押し上げて天空を支え、「太陽の船の守護者」として太陽の道を保つ役割を果たしたと伝えられる
2. セト(Seth / Set)
砂嵐・破壊・外敵からの守護を司る混沌の神
セトは、破壊・混乱・砂漠・嵐を象徴する神でありながら、外敵からエジプトを守る武勇の神としても崇拝されました。
砂漠の風や砂嵐を起こす存在として、風と深く関わる性格を持つ神でもあります。
特徴
- 砂漠の風や砂嵐、火、力強さなどを象徴する多面的な神格
- 国外からの敵に対しては大きな武威を発揮し、軍勢を守る神として信仰された
- ヒクソス時代には、カナン地方の嵐の神バアルと同一視されることもあった
- 混沌や予測不能な力を体現しつつも、時代によっては王権を支える守護神として厚く敬われた
3. アメン(Amun)
大気の守護神から、最高神アメン=ラーへ
アメンは、もともとテーベ地方で信仰されていた大気の神で、「隠れたる者」を意味する名を持つとされます。
目には見えない風や大気と結びつけられ、豊穣や生命力をもたらす存在として崇拝されました。
特徴
- 本来は大気や見えない風を象徴する神であり、生命を育む力と結びついていた
- 中王国時代以降、太陽神ラーと習合してアメン=ラーとなり、エジプト全土で最高神として崇められるようになった
- ファラオの王権を正当化する神として重視され、国家神的な地位を獲得した
- 創造・豊穣・光・風など、多くの属性を兼ね備えた、包括的な神格へと発展していった
ギリシアの風神
ギリシア神話には、暴風をもたらす怪物的な存在から、四方の風を司る神々、さらに細かな方角を象徴する風まで、多彩な「風の神々」が登場します。
季節や天候、航海と深く結びつき、人々の暮らしを左右してきた存在として語り継がれています。
1. テューポーン(Typhon)
嵐と暴風の源とされる太古の怪物
テューポーンは、ギリシア神話で最も凶暴な存在とされる巨人で、荒れ狂う風や噴火、火炎などの自然現象を象徴した怪物です。
巨大な身体に無数の蛇の頭を持つ姿で描かれ、その名は「旋風」を意味する語に由来するとされています。
特徴
- 怪女エキドナとのあいだに多くの怪物をもうけた怪物の父
- 蛇の頭や翼を持つ異形の巨神として表現される
- 暴風・乱気流・火山現象など自然災害を象徴
ゼウスとの戦い
テューポーンはオリュンポスの神々に戦いを挑み、最高神ゼウスと激しい戦いを繰り広げました。
最終的にはゼウスの雷によって打ち倒され、シチリア島のエトナ火山の下に封じられたと語られています。
2. アイオロス(Aeolus)
風を統べる「風の王」
アイオロスは、ギリシア神話においてあらゆる風を管理する存在として語られます。
ホメロス『オデュッセイア』では、航海中のオデュッセウスに順風を与え、ほかの風を袋に封じて渡したことで知られています。
特徴
- 全ての風を管理し、必要に応じて吹かせる役割を持つ
- 特定の方角の風ではなく、風全体の統括者として描かれる
- 航海安全と深い関わりを持つ神
3. ボレアース(Boreas)
北風の神
冷たく力強い北風を司り、冬の到来を知らせる神として恐れられました。
アテナイでは守護神としても崇拝されています。
4. ゼピュロス(Zephyrus)
西風の神
春を告げる穏やかな風を司る神で、アネモイの中でもとくに優しい性質を持つ存在とされています。
5. ノトス(Notus)
南風の神
夏の終わりや秋に吹く湿った熱風をもたらし、時に嵐や豪雨を引き起こす風として恐れられました。
6. エウロス(Eurus)
東風の神
変化をもたらす不安定な風として語られ、予測しにくい天候と結びつけられることが多い神です。
7. カイキアス(Caicias)
北東の風を司る神
曇りや雨を運ぶことが多い風とされ、冷たく不安定な天候を象徴する存在です。
8. アパルクティアス(Aparctias)
北寄りの冷たい風
ボレアースと近い性質を持ち、冬の到来や荒れ模様の天候と結びつく風神です。
9. アルゲステス(Argestes)
西北寄りの乾いた風
雨雲を追い払う風として語られることがあり、天候が晴れへ向かう前触れとして意識されました。
10. アフェリオテス(Apheliotes)
東南の穏やかな風
温暖で柔らかい風を運び、季節の変わり目に吹く風として語られています。
11. エウロノトゥス(Euronotus)
東南寄りの湿った風
雨や湿気を運ぶ風として知られ、エウロスとノトスの中間的な性質を持つ存在です。
12. リプス(Lips)
南西の風の神
航海に強い影響を与える重要な風とされ、しばしば天候の崩れを予兆すると考えられました。
13. スケイロン(Skeiron)
北西の冷たい風
粗暴な性質を持つ風として恐れられ、海上の荒天の原因とされました。
14. ウェンティ(Venti)
ローマ神話における風の神々
ローマでは、ギリシアのアネモイに相当する風の神々をウェンティと呼びました。
四方位の風(アクィロー、アウステル、ファウォーニウス、ウルトゥルヌス)を中心に、ギリシアの風神体系を引き継いでいます。
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