2. 水・海・川の女神(11柱)
海や川、湧き水、雨や潮流は、いのちを育て、暮らしを支えてきた大切な恵みです。その背後には、海上の航海を守る神、水の分配を見守る神、雨を呼ぶ龍神など、多彩な水の女神たちが語り継がれています。ここでは、日本神話や各地の神社に伝わる由緒をもとに、水の女神たちの物語とご利益を整理しました。
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多紀理毘売命(たきりびめのみこと)
多紀理毘売命(田心姫神とも表記)は、宗像三女神の長女で、沖ノ島の宗像大社・沖津宮に祀られる女神です。『古事記』『日本書紀』では天照大神の娘とされ、海原を行き交う船や漁業を守る海の女神として崇敬されてきました。
外洋に浮かぶ沖ノ島は、古来より航海の要衝であり、多紀理毘売命は「沖合の航海安全」「大漁祈願」「国家鎮護」を象徴する守護神です。遠くへ旅立つ人の無事や、大きなプロジェクトの成功を祈るときにも、“大海原を見渡す女神”として心強い後ろ盾となる存在とされています。
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多岐都比売命(たぎつひめのみこと)
多岐都比売命(湍津姫神・タギツヒメ)は、宗像三女神の次女で、大島にある宗像大社・中津宮に祀られる海の女神です。その名には「激しく流れる水」「渦巻く潮」の意味があるとされ、潮流や波の力を体現する存在とされています。
多岐都比売命は、とくに潮の流れが速い海域での航海守護の神として信仰され、「海上交通の安全」「天候の安定」「旅の無事」を祈る対象です。人生の流れが大きく変わるときに、“荒波を乗り越える力”を授けてくれる女神としても意識されています。
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市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
市杵嶋姫命は宗像三女神の末娘で、本土側の宗像大社・辺津宮に祀られる女神です。島や水辺の守護神で、のちに仏教の弁才天(弁財天)と習合し、「水の女神」でありながら、音楽・芸能・知恵・財福を司る多才な神格として広く親しまれるようになりました。
水の流れとともに「音・言葉・お金」など、あらゆる“流れるもの”をつかさどるとされ、芸能上達・話術向上・学業成就・金運上昇など、多彩なご利益で知られます。芸事や創作活動、ビジネスを「スムーズに流したい」ときに頼りたくなる女神です。
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高龗神(たかおかみのかみ)
高龗神は『日本書紀』などに現れる水神・龍神で、山に降る雨や山の水源を司る神とされています。「高」は山を、「龗(おかみ)」は龍神・水神を意味し、奈良県の大神神社の摂社・雨降社や、神奈川県の大山阿夫利神社などで雨乞い・雨止めの神として祀られています。
水は多すぎても少なすぎても困るもの。高龗神は、干ばつには雨をもたらし、大雨のときはその勢いを鎮めてくれる「雨のコントロール役」のような存在です。農業の豊作祈願はもちろん、災害の被害を小さくしたいという願い、生活基盤を安定させたいときにも祈られる水の守護神です。
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天之水分神(あめのみくまりのかみ)
天之水分神は、「水を配る神」という意味を持つ水神で、麓の水源や用水路の分岐点などに祀られてきました。古語の「くまり」は現代語の「くばり(配り)」と同根で、「水の分配」を象徴する神名と解釈されています。天からの雨水を分配する「天之水分神」と、地上の湧水・流れを分ける「国之水分神」との組み合わせで語られることもあります。
農耕社会では、水の行き渡り方が収穫を左右しました。そのため天之水分神には、「田畑に必要な分だけ水が届くように」「村どうしが水で争わないように」という願いが込められてきました。現代でも、水不足や大雨によるトラブルを減らし、暮らしが穏やかに回ることを祈る対象として大切にされる女神です。
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八河江比売(やがわえひめ)
八河江比売は、『古事記』に登場する葦那陀迦神(あしなだかのかみ)の別名とされる女神で、「多くの川の入り江の巫女」という意味を持つと解釈されています。葦が繁る水辺と関わりの深い神で、大国主神の系譜の中に位置づけられています。
葦がよく育つ水辺は、魚や鳥、小さないのちが集まる豊かな環境の象徴でもあります。そのため八河江比売は、「水辺の豊かさ」「土地の繁栄」を暗示する女神として理解されてきました。矢川神社では諸芸上達・諸願成就の神、矢合神社では葦が生じやすい水辺を司る神として祀られ、水辺と人の暮らしをつなぐ守護神とされています。
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丹生都姫(にうつひめのおおかみ)
丹生都姫は和歌山県の丹生都比売神社(丹生都姫神社)の主祭神で、古くから丹(朱砂)の産地を治めた丹生氏の氏神とされています。空海(弘法大師)を高野山へ導き、その土地を授けた神としても知られ、世界遺産にも登録されている丹生都比売神社の中心的な女神です。
丹生都姫は、大地の恵みとしての鉱物とともに、山々の湧水や清らかな川の流れとも結びつけられます。縁結び・子授け・安産・家内安全に加え、高野山の守護神として「学び」「修行」「精神的な成長」を見守る女神でもあり、心身を整え、新しいステージへ進みたい人にとって頼もしい存在です。
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豊玉毘売(とよたまびめ)
豊玉毘売(豊玉姫命)は、海神・綿津見神の娘であり、『古事記』『日本書紀』に登場する海の女神です。海底の宮殿・龍宮城に住み、山幸彦(火遠理命/ホオリ)と結ばれて、のちに神武天皇の祖父となる鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)を産んだと伝えられます。
豊玉毘売は豊かな海の実りと母性の象徴であり、「海上安全」「豊漁祈願」「子授け・安産」などのご利益と結びつけられます。また、真珠の女神として語られることもあり、“心の奥に眠る宝物を引き出してくれる存在”として、自己表現や才能開花を願う人にも親しまれています。
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速秋津比売(はやあきつひめ)
速秋津比売は、『古事記』に速秋津日子神と対になる形で登場する神で、河口や水の流れの速い場所、潮の出入り口を司る女神と解釈されています。その名は「速く流れる秋津(水)」を示し、水の境目や転換点を象徴する存在とされています。
川と海が出会う河口は、栄養豊かな漁場であり、同時に水害のリスクも抱える場所です。速秋津比売は、こうした“境界の水”を鎮め、漁業の恵みと水害からの守りの両方をもたらす女神ととらえられてきました。人生の転機や環境の変化の時期に、「うねりを味方につけて流れを切り替える」力を授けてくれる女神とも言えるでしょう。
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罔象女神(みつはのめのかみ)
罔象女神(弥都波能売神・みつはのめのかみ)は、日本神話に登場する水の女神で、『古事記』では伊弉冉命の尿から生まれたと記されています。名は「聖なる水の女神」という意味に解釈され、「いつの・みつはのめ(聖なる水の女性神)」とも呼ばれます。
罔象女神は、清らかな湧き水や雨、水の循環を象徴する存在として、愛宕神社や丹生川上神社などに祀られています。雨乞い・雨止め、水の浄化、心身の清めを願う人々にとって、「汚れを洗い流し、新しい流れを呼び込む」女神です。現代でも、映画『君の名は。』のヒロイン名のモチーフとして紹介されるなど、“雨と祈り”のイメージとともに語られています。
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闇淤加美神(くらおかみのかみ)
闇淤加美神(闇龗神・クラオカミ)は、雨や雪を司る龍神として知られる水神です。『古事記』『日本書紀』では、火の神カグツチを斬った際にほとばしった血から生まれたとされ、水の深み・谷底の水源に宿る神格と解釈されます。
京都の貴船神社では、高龗神と同体の水神として崇敬され、「山の龍神=高龗」「淵の龍神=闇淤加美」とされる説もあります。雨乞い・雨止めの祈願、水害鎮護、井戸や水源の守護など、水にまつわるあらゆる願いを受け止める強力な龍神であり、心の奥に溜まった不安や怒りの“濁り”を洗い流してくれる存在としても信仰されています。
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